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義姉さんのお見舞い  24日

曇り空 暑くはならない日の様です

8時30分チェックアウト
野寒布岬(寒流水族館があり夕陽が綺麗で有名な岬です)
稚内公園(氷雪の門があります。9人の乙女の碑の前で
昔を思い出し涙している母と同世代のおばあちゃまがおられました)
嫁いで直ぐの45年前とは公園も自然からコンクリートへと変わっていました

時間を見計らい義姉宅へ
思い出話盛りだくさん
それぞれ亡くなった夫の懐かしい話で泣き笑い

疲れるといけないので家を離れて
3人は宗谷岬に行きました
日本最北端の地碑があります
夜にはライトアップもされるようです

夕方までには時間もありましたので
念願のオホーツクラインを浜頓別までドライブしました

日本海は左に海 右に断崖絶壁の山
ここオホーツクは左はホタテの養殖に適した穏やかな海
右には丘陵の美しい地形が雄大に広がるさるふつ公園
海と言う共通点はあっても別風景です

クッタロ湖は白鳥の餌ズケで知られている湖です
季節ゆえ白鳥はいませんが
白魚、白エビを獲っている漁師さんから
ワカサギと白エビの生を戴いてしまいました

大きい義姉「こんにちはー」って加工所のガタガタの戸を
開けたもんねー


予定では稚内に二泊、
あと2日かけて何処かへと思っていたのですが
網走まで走っても次の日が強行軍になり
無理はいけません
2人は任せると言うし、元気そうだけど
自分も冒険は出来ないと思いました

夕食は義姉の弟さんが出前をしてくださいました
昔少しの間札幌にいたことがあり本家である我が家とは
交流があり稚内を訪ねると何かと弱い義姉に代わって
お世話して下さるのです
奥様が病弱で主夫歴7年エビチリ ほたての煮つけ 鰈のから揚げ
ほたての刺身 キャベツの千切りつきです
おなごが三人もいるのにかたじけのうござる
ありがとうございます 美味しゅうございました

義姉宅から歩いて3分
民宿での泊まりです ヒノキのお風呂 お部屋は綺麗
こんなのもいいものです

210キロ走りました
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義姉さんのお見舞い(6月23日~6月27日)  23日

6月23日
自宅7時出発S区とN区の義姉を迎えに行き
稚内に向け札幌を出発したのが8時30分

空を見ると不安定続きで雷注意報も出ている
石狩から231号線つまりオロロンラインラインを北上
お見舞いとはいえ2人の義姉達には景色も楽しんで
貰いたいという欲張りな気持ちもあり
苦手な雄冬峠を走る事にしました
安全に無事に帰ってくることも誓いました

なにせ69歳と79歳自分66ですからね
毛布3枚、腰ベルト、非常食、水 等など
思いつくものはとにかく車に積み込みました

雨に降られないうちに留萌を通過したい気持ちを抑え
道の駅 景色のよいところ4ヶ所で休憩
義姉宅には3時10分着
心配性の義姉に気をもませなくて良かった
心配していた風雨にもならず付いていると感謝

義姉は思っていたより弱っていた
立って歩けるのは5分位
何時 つまずいても不思議でない歩行状況と見られる
デイサービスの利用にはまだ頑張れると拒否模様
今回は触れないでおこう
長居をすると義姉のリズムを乱すし
こちとらトリオもテンション高いものの休養が必要で
6時にはホテルにチェックイン

利尻冨士はガスが架かって全然見えません
海は稚内に近ずくにしたがって群青色になってきました
(昔の積丹の海は群青いろだったなー)

325キロ走りました
女の人としては早いそうな。

猛暑、岡田ジャパン、そして母さまとの日常

このところ30度越すような暑さが続いております

旅ボケしている自分にはちとキツイです

お昼御飯の時母さまこともあろうに
自分の好きな岡田監督の「自分の至らなさの為に勝たせることが
出来なかったと、・・・」コメントしたら

「お前はなに言っとるんだ、いい加減なこと言って!」
とTVを指差した
(おかあさん違うよー それ言うなら 岡田さんのこと
ゴミのように評していたマスコミとサポーターだよ)

お次は安く誰でも入れて安心、安心
綺麗なおねえさんの生保のコマーシャル

「物知らずのアホ!」と一喝しました
これは自分納得  母さまは
田舎から出てきた40過ぎのおばちゃんが鬱になりながら
生保業界で所長、支部長と頑張り抜いた人ですから


気の緩み

空を見ると今日も晴天の様
不安定な天候はどこ行ったの?
まさか 明日から雨?

不安定は母さまの様です
今日からショートステイです
ブルーのブラウスも顔に映え可愛いよー
「私ね 出張で遠い所で仕事してくるのでH施設で待っててね
仕事終わったらお迎え行くからね、ご飯も お部屋も
頼んであるからね」
「あらそー、あなたも行くの?」
「お仕事なの 言う事聞いて可愛がられてねー」
「嫌です!  阿呆っ!」

自分気が緩んで地雷踏みました

さてとこれから明日の準備です

母さま前進

寝たのに寝ない気分
カーテンを開けると、雨降ってないじゃない?
こちらの都合もあるんで 変更は困るなー

実は母さま一歩前進しました

昨晩パジャマに着かえる時
あれーっ!  下半身ぜーんぶ脱いでしまいました
おかーさん風邪ひくよー
いいんです!自分のことは出来ますから!
はい  着ましょ
焼きもちやいて人の様子見に来るんだから!
布団濡れれちゃうよー
偉そうにいって  横っ面叩いてやりたい!
(それはゴメンだよ)

目は三角 こうなったら 怪我の無いよう
何気なく見守って穏やかになるのを待つしかありません
(ちょっと前までは説得したり  格闘しましたよ
そんなことは全て無駄です 添って添って寄り添ってです
たまに意識して激論?しますけどね
そんなときでも自分に課してることことは
母さまを茶かすよう試すような会話はしないという事です
これ 自分のポリシーです)

その後の母さまリハパンをはいたり脱いだり
パット眺めて枕の下に入れたり出したり
又 パジャマの上に服を着ました
あれあれ 立ち上がろうとしています
腰がきれないので諦めたようです
半尻状態でパンツはき
布団に上手に入りました
そんなこと何度も繰り返してます
なんか変?と母も感じ苦労の様子がうかがえて声かけそろそろいいかなと思ったけど止めました
そんな昨夜だったのに
1度も起きずに寝てますよー
こうして観察することが次に繋がってくるんです

プーンと匂ってきます
開口1番何と言うでしょう?  そして自分は
何と答えるでしょう?

昔と違いお湯と水 豊富 洗濯機という強い味方がいるのだーっ

おしかったね

おしかったね  岡田ジャパン

オランダ戦  1-0でいいんだってね

エキサイトしている岡田監督
訴えますねー

ひっそり応援してますよ



一頃 まぁー みんな みんなポケットチーフしてたね

朝っぱらからヒーラ ヒーラ
(自分も20年前してたけど)
ものすごく違和感あるんですんけど

今朝 これだっ! と  思ったの
何処だかの会長さん
濃紺の背広に晴れやかにしかもさりげなくブルーのチーフ
ネクタイも遊び心大ありで
こんなのをTPOをと言うんでしょうね
会長さん年輪だからオッ!と心意気感じるね

自分扇はあってもセンスは無くて
あんたには言われたくないって   クシュン


午後から雨だと言うので弟と家庭菜園の手入れです
弟がMSから出て歩いてくるのを見た
母さまの言う事「あら! 年寄りだね」
「お母さんの息子でしょ、もう60歳だって」
「・・・・・・・?言わないほうがいいね」だって
自分大爆笑  
弟も苦笑いの後 大爆笑

何時までも若くてハンサムな息子のはずが

おしかったね  お母さん



あっちゃー

親の意見となすびの花に100に一つの無駄もない


と言うから

どれどれと 花を覗き込んで

つい  こっち向けた

あっちゃー

もげちゃったー

ごめん  ごめん  ごめんねーっ


ガラスのカップに浮かんだ紫の花が

あっちゃ!  といってます

凹んだんです

よーし! 今日は気合入れて買い物、支払い等に行こう


ピーンポーン、今日1番のお客様 ?
民生委員の方でした

66歳にもなるとこうして名簿も作るんですね
緊急連絡先も記入して
個人情報守りますって
家は世に言う老ろう介護ですので
守ってね  助けてねっ

23日から稚内の1番上の義姉のところに行きます
海 山を眺めながら車で
2番目 3番目の義姉と3人で行きます
自分は6番目の末っ子跡取りの嫁です
で  ある意味張り切っていたので
朝1番の訪問者には出鼻をくじかれましたー


リラ冷えです

朝からしぶしぶ雨模様
夕方には本降りでリラ冷えです

今日は札幌祭りの最終日です
神興渡御の日で4基の神輿と人形山車 維新勤王隊が
街を1、35キロの列となり練り歩き
札幌の発展ぶり神々に見てもらうのです

なのに、
祭りとなるととカンカン照りか雨に1日はなるのです
これ札幌祭りのジンクスです



まあまあ手のひら返して
褒めるは 実はこうなんですと持ち上げるは
マスコミの常だけど
仕事と割り切れるんですねー
我々も求めてる?
鉛筆削りながら勉強してた頃
「日本は恥の文化である」と習った 確かにうなずける
恥を乗り越えちゃった?

19日はオランダ戦、
下げて上げてさてどうするの?
ヒーローを作り上げて置いてきぼり 次の話題にはいさよなら?

岡田ジャパン  ガンバー


岡田ジャパンやったね!

岡田ジャパン!  やったね!

岡田さんはコンサドーレの監督でしたからね

あれや これや言われてさ

1億みーんな批評家で

うるさーい!

自分面白くなかったー

やったね!  岡田監督!

振り返り6月3日

11時少し前苫小牧港に着きました
走り出してすぐ警察に止められました
5日からAPEC貿易担当大臣会合が札幌であるという事です
(会場は家の近くです)
それで出発時小樽港に仁王立ちの保安官がいたと言う事です
浮かれて旅の前は知りませんでした

で 鳩山首相の辞任ですからね
浦島太郎の気持ちでした

プルトップ数えたら36個ありました
これを何と説明 解釈しますか?

Fさん安全な運転ありがとう
Rちゃん圧迫骨折からの復帰旅尊敬致します
sちゃんツアーコンダクターありがとう
kちゃん時々壊れたけどあんたは偉い!
自分又ねーなんて言ったら
旅を支えて下さった皆さんに叩かれるーぅ
ありがとうございました。      終わり

振り返り6月2日

さてです
忘れないうちに思い出を記さなくっちゃー
仙台について駅前に来た時札幌を思い出しました
おなじ空気の香りがする 

広瀬川はゆったりと流れ
木々は大きく育てられています
杜の都仙台です

ホテルを10時にチェックアウト
青葉城跡に向かいます
中学の修学旅行に来て以来52年ぶりです
山全体が要塞になっているんですねー
大岩が時を経ても尚がっしりと組まれています
そんなこと覚えてませんでした
頂上の天守閣の場所から仙台市内を見渡せます
そして中央の彼方に東照宮が位置しています

お昼は塩釜で回転すしです
生のマグロは甘露 甘露

松島に行きました
此処はものすごく記憶にあり
懐かしかったー
福浦橋を渡りました
海と松と赤い欄干どこを撮っても見ても絶景かな、絶景かな
kちゃんと砂浜で貝拾いをしました
松ボックリをRちゃんと10個拾いました
潮風に吹かれて散策 満足 満足

18時乗船の為仙台港に向かいます
カーナビは狭いなんと不自然な道を案内します
自分こんなところ大好き
こんなところはなんかあるんです
急だは 狭いは 城下町?
多賀城です
これも知りたい

帰りは1等船室にしました
ホテルと一緒 贅沢しました
19時の出港で夜景が超綺麗です
kちゃんは窓からきれい、きれいと離れません
覚えていてねー
今夜は今旅最後の晩餐です
プシュッ プシュッといきますか


大事なこと忘れてました
Rちゃんのダイヤの指輪です
那須のヴィレッジに2度TELしても無かったのが
バックから出てきました
ヴィレェジさん何度も探して下さりすみませんでした

二荒神社に参拝した時
麻縄で作った輪投げがありました
3回のうち1個でも入れば良運ありと書いてあります
Fさん残念  Sちゃん残念
自分 あろうことか3投目吸い寄せられるようにセーフ

指輪あって本当によかった
少し残念な旅になるところでした
これで運は使ったと思っていたら その後
自分ネックレスを風呂に忘れる、
メガネも無くして何処へやら
ぜーんぶ出てきました
そんなことってあるんですねー




イトカワに行って来た

今日もよい天気  嬉しいです

朝一番自分が刺激されたことびっくりしたこと
「はやぶさ」という宇宙探査機が
小惑星「イトカワ」から7年以上の歳月と
6億キロの予定が60億キロを経て
砂を採取して来たというのです(2秒×2回トライ)
迷子になったり オイル漏れしたり エンジン故障したり
これを宇宙空間での遠隔操作で修繕修復するんだから
すごいというか感激の部類です

終わりが凄い
自分は燃え尽きカプセルとなって落ちてきたのです
イトカワって糸川英夫博士のことですよね


さてと今日から北海道神宮例祭です
お姑さんから習ったように
時生鮭、お煮しめ 赤かぶの酢の物 お赤飯でお祝いです
おたふく風邪の直った孫がやってくるんです


なんか嬉しい

今日もよい天気
自分は絶好調であります
緑を見てるとウキウキする
今までどこ見てたんだろう?

母さまの体調とご機嫌に相談して弟と待ち合わせて
家庭菜園に行きました
Fさんから貰ったゴーヤとトマトの苗を植えました

水菜 小松菜を間引きしラデッシュを収穫
水を与えてグーンと伸ばしたいところだけれど
あまりの暑さに止めました

帰る時母に畑を見てもらいました
初めてトマトだね ナスの様だねと興味を示してくれました

お隣との間の細い路を手を引いて通る時
懐かしい道だね  と母が言いました
来たがらない家のようでしたが
意味があったようで少し嬉しく思いました
また来週一緒に来ようねと言ったら
嫌とは言いませんでした

そこで自分思いつきました
もっと暖かくなったら此処でお泊まり会をしょうと
畑を見ながらのビールはきっと美味しいよ
花火大会もできるよ



初夏

昨日は暑かった

のせいか? そんなことない PC不具合になりました
単に未熟ということです  ハイ!

北国もやっと初夏です
一気にはじけて9日からはソーラン祭りです
全国から参加を戴いてで有名になったものです
威勢のいい仕草は若緑とマッチして
観る者に若き日の思い出と
これからの希望を沸き立たせてくれるようです

そんな朝 同級生から
暑いねー でも嬉しいねー 
7月になったらTデパート前で会いましょうとメール
カレンダー空欄でもち了解
母さまとの暮らしを選んだからこんな楽しみも出来るのです
働いていたらお友達とは疎遠になったもんね


ん! 暑いという事は? ハッ!家庭菜園だ!
すぐ菜園行きです
イモは15センチほど伸びてます
ラデッシュも葉をそーっと除けると赤い実が見えます
トマト順調
水菜、かぶ 豆 順調さんに生えてましたー
26℃くらいのはずだけど暑かったー

トホホ

母さまの内科定期検診です
圧迫骨折は6月7日で無罪放免になりました
3ヶ月かかりました
血圧、脈、心音 むくみ HBA 問題ありません
今回からカルシュウムも出してもらう事になりました

主治医に会った途端
母はまたお会いしましたと言いました
母の訴えを良く聞いてくださり丁寧に母に説明していただけるので
母は信頼し大好き-な先生です

一人になると不穏になった母のため
お薬も薬局の方が病院待合室まで届けて下さるという
申し出に助かっています

さて帰りです
しばらく行ってないK施設の農園を見に回りました
玉ねぎまで植えられキュウリもカボチャも根着いています
皆んな頑張ったんだー

MSの前に着きました
あんた! 変なとこに行かないでね!
家に着きましたよ 
お邪魔しますと言って玄関を入ります

着替えのついでにパジャマになっててもらう事にしました
上はOKです
さてズボン 検査が終わってから脱ぎますと言いました

私ご飯支度しますから好きなことしてて下さいね
いいえしません!
TV見るとか横になるとかですよ
いいえしません! 知らない家に入ってきて恐ろしいこと
 TVは見ません!


後ろを今振り向いたら
ベットに直角に寝ていました

大丈夫です
お母さん晩ご飯ですよーと言ったら
ハイハイと2つ返事で起きますから
トイレに行ってからお食事です





さて さて

朝1番耳に入ったのが宮崎県の口蹄疫感染
都城市にも感染の疑い
旅中に浮かれていた時も牛の目と共に忘れたことはなかった
これだけ人間様が南北東西移動して
もしかして人間様が運んでるかも知れない
旅の先々では消毒をしました  
せめてもの願いを込めて、

オーッ!
8時20分
寝坊です!
母さまのディサービスです
お迎えまで50分
こういう時こそ慌てるでない  一休さーん
母さま夜中に服に着替えたからズボンだけ交換
ものは考えようです
それとも母さま先見の明あり?
ご飯たべて
あなたはお仕事?と
何時も通り出かけました
すごい!おかあさん!


自分バケツ水田の苗買ってきます
新年は収穫した初穂で飾りまーす  
笑ってくださーいね


振り返り6月1日

ボヘッと早朝してたらラジオから新大臣の政治と金?
退任に値すると聞こえる

TV付けると同じこと言っとります

あーあ 

頭痛が痛いとはこのことだ

マスコミはまだ学習せず
あれはどうの、これはどうの
勿論正論なんですけど
これまでと変わらん事ばかり言って
私らはあったま悪いから
受け売りしてしまうんですぅ


さて6月1日です
今日は暑くなりそうな空模様
ホテルを9時40分チエッくアウト

日光江戸村に行きましたね
入口でまず意表をつかれましたー
大砲のそばにイケメンの外人さん立ってました
Fさんはアメリカの人とだといいます
自分フランスの人と思いました
早速尋ねました
日本語ちょっと話せるぅ オーストラリアからきましたぁ
姪が3月に行ってました
羊ですねー
おーあなたですかー
ノー、ノー
ジェスチャー追いつかず変なおばさん
ツーショットで写真撮りました

入村するとみんな扮装してるんですよ
侍、浪人、お食事処、お土産屋さん
又忍者とか花魁とか伝統芸能の劇場が6か所あったり
江戸の町並みが再現されていて
1日ゆっくりしてもいいなと気に入りました

大忍者劇場を見ました
暗闇での技に引き込まれ、おひねりポーン
元気印のKちゃんは怖いよー
帰るー、帰るー
ほんと、語りは怖かった

新撰組に尋ねられた
この辺りに怪しい者を見かけぬか?
10メートル位先に怪しいというよりも
ホコリまみれの汚い浪人(失礼)
あの人ではと言うとチャンバラが始まった

村内を見ていると新撰組が
なんとか?言って我が集団をロープで包囲した
なんでやねん?
もち、記念撮影しましたよ
登別のもいったけど此処が自分には合ってるみたい
楽しめたー

さてさて、東北自動車道を北へと走ります
気温は24度 13時35分
阿武隈川と思ったんですけどー
進行方向 左福島県 右茨城県?
阿武隈PK近く段々になった田んぼが時々作られている
そうだよねー、昔流にいえばⅠ反(300坪)もあれば
1家のお米は賄えるでしょう
左手に珍しいことにポプラ並木がありました
きっとポプラにまつわる話があるはずです

吾妻PKnに見たことのない木があります
スタンドの若い人にFさんが尋ねると2人でボソボソ
「桜です」
怪訝な我らの顔に「葉の赤い桜です」
ほんまですかー??

やっと桃の木らしき畑を見つけました
愛媛のミカンの木もそうであったように大木ではないようです
地形からみると穏やかな気候が感じられ
繊細な桃の栽培に適しているのでしよう
旅の前に梅と間違えて桃の木を買ってしまいましたが
巧く根着けばいいいなー

気温16度仙台に着きました
例によりまして本日の感謝と明日の無事を願って
牛たん専門店に行きました
Sちゃんが根性こめて調べ上げた美味しいお店だそうです
カモになったつもりで「のどくろ」と言う高級魚もです
のどくろは積丹のお爺ちゃんが言ってた魚です
食べてみないことには話になりませんものね
関サバしかり、金目ダイしかり、マンゴー
行く先々食べて飲んでばっかりです


振り返り5月31日

那須のヴィレッジを9時30分出発

朝食はパン、リンゴジュース(アレルギーで飲めません)
申し出ましたが代替のものはありません
あくまでイギリス流です

ヴィレッジを振り返ると一重の白いバラが軒下まで
見事に咲いています
挿し木をすると付くかもしれないという事で
枝を数本下さいました
ヴィレッジ前の田んぼを通り抜け
山つつじが見ごろという八幡によることにしました
山の両脇は紅色に近い山つつじが一杯です
これは植えたものだなとFさん
上にいくほど紅色が鮮やかです

右の沢は鹿の湯温泉郷
突き当りに「世界遺産日光の杜」と彫られている苔むした大岩
たくさんの人がカメラを向けています
左手を見ると異様な雰囲気
硫黄の臭いがします
「史跡殺生石」とあります
限られた狭い場所でその昔有毒ガスが発生
1000人の人が亡くなり、
1000体の赤い前かけをした40センチほどのお地蔵さんが
身を寄せ合って供養されている
長くファインダー覗くのがはばかられる
ごめんなさいとシャッターを切る

国道461号、県道77号を通り中禅寺湖へ
いろは坂はこんなだったかなー
修学旅行で来ているのですが
あの時は眠いだけでありました

東照宮はもう1度訪ねたい所でしたので大満足
見ざる言わざる聞かざる
あんなに小さかったかしら?
それにしても贅をつくした彫刻です
TVで紹介されていた修復作業(柄に添った朱色の塗布)が
職人さんによって黙々と進められていました
気の遠くなるような仕事です

二荒山神社に参拝
霊水を汲ませて戴く
若返り
知恵がつく
足腰強くにご利益あるそうです

3代将軍家光公の輪王寺もお参りしました


日光街道から鬼怒川温泉に向かう
バブルのころに建ったと思われる豪華な造り
部屋も浴場も改装されていて気持ちがいい
天空の楽園と言うところでしょうか
途中深緑色の鬼怒川が印象的でした

この夜も感謝と願いのお酒を戴きました


振り返り5月30日

9時45分チェックアウト
県道64号、国道49号を経て猪苗代湖へ
山々には野生の藤の花がからみ
これまた大きな源平うつぎが
ピンクの花もたわわに曲線を描いて
またも、またもと楽しい
磐梯山を左に眺めながらドライブです

住宅のすぐ前の道に小さな神社、祠
また、道祖神と思えるものもありましたが
シャッター直前、地元ナンバーの車接近
残念でしーた

ここではライラックを植えている庭に遭遇
まだ幼い木でしたがブドウの様に
きっちり花をつけて頑張ってました
旅行の思い出かしら?

県道294号というのに狭いこと
三浦屋 若松屋 山田屋 和泉屋 下越後屋
建物は無いのですが
建っていましたという看板が立っています
敷地は広くありません
何でしょう?
知らなくては

県道294号
山は杉 杉 杉
九州に行った時杉林の驚いたけど此処もです
これだも花粉にやられますわー

道谷坂陣跡??  これも知りたーい

郡山の田園風景は日本の原風景のようでした
手入れされた庭はほどほどの塀で囲われ
水田はみな作付され分けつも見られ
水が陽で反射しキラキラしています

畑も全部耕され
自家用のえんどうは花が咲きそうにみえます
馬鈴薯も収穫出来そうに育っています
畑の傍らには仏さん用にぴったりの
草花も咲いています

とにかく休耕してないのがいい
後継者がいる雰囲気がいい
こんな事を感じられる風景が心地いい

県道211号JR黒磯駅近く
忌中を知らせる花輪が門前の道に置かれています
この地方の風習なのでしょうか
2軒のお宅がありました

栃木県の県木は言うまでもなく「とちの木」です

Sちゃんが最近できたアウトレットに行きたいと言うので
県道55号をどんどこ、どんどこ
自分は景色を楽しむことにしましょう
瓦ぶきで平屋の家が多く沖縄を思い出します
Rちゃんは思ったものがなくガッカリの様です

県道17号線で那須高原へ向かいます
かの有名な那須高原
高原というだけあり なだらかな坂が幾重にも広がります
こだわりというか 本物というか
美術館 博物館 レジャー施設
お菓子、パン 家具 お食事処 ガーデン等が
穏やかな緑の中にゆったりと並んでいます
盛りを過ぎた山つつじでしたがまだ
充分に鑑賞にたえました。

道の駅友愛の森と言うのに出くわした
友愛かー
鳩山首相や如何に?

那須IC近くの
イギリスの田舎をイメージしたヴィレッジに到着
sちゃんが母であるRちゃんの為に
車椅子でも露天風呂に入れるというところを
やっと探したのです
勿論ぜーんぶバリアフリー
建材、壁紙 家具は重厚な勿論イギリスのもの
寝具から食器からすべてオーナーである
ご夫妻がイギリスに買い付けに行ったそうで
特に食器は日本には入ってないそうな
で、ですねー
日本製はオーナーの2人だけです

露天風呂は自慢するだけあり
入り具合を考えたよい造りでした
Fさんと2級ヘルパーの自分で3人で入りました
温まったー
この時Rちゃんダイヤ指輪紛失したらしい
皆 重ーい気持ち
Rちゃん不機嫌にもならず偉い!

ディナーは洋食のコース
kちゃんは3歳ながらパン通でご機嫌
那須限定のビールで今日の無事に感謝
明日の快適な旅を願って何度乾杯したことか

明日の朝食
ご飯出てくるかなー


振り返り 5月29日

新潟港6時着
そぼ降る雨の中、磐越自動車道を喜多方に向かう
茶色の瓦屋根、若緑の木々、
宮崎県で見たシュロとおぼしき小さな木が時々ある
北限界は何処なのだろう?
水田が広がり
味噌やの看板が目につく
家は5,6軒が集落をなしている
北海道のように1軒ぽつんという事はないようです
杉林が続き薄紫の桐の花があちこちに咲いている
これも北海道とは違い大木で見ごたえがあります

女の子が生まれると杉の木を植えたんだよ
お嫁にいく時、箪笥をつくるんだよとRちゃん
杉箪笥の生産日本一なんだよね
今はどうなんでしょうね

会津に近ずくと立派な蔵のある家が点在する
なぜだろう?

お昼は元祖喜多方ラーメンです
大正時代発祥ということで
お客は途切れません
なら、餃子もと期待したら
大きいこと 3倍、肉ぎっしり、好みの問題でしょう

喜多方の造酒屋見学
なぜ 水にこだわるか納得
3工程で酒精を育てていく、手間のかかることです
お米で88手間といわれます 
麹を作り そしてお米を削り、
蒸して合体 
味わって杯かたむけることとしましょう
喜多方では10軒の造り酒屋があり
大正7年創業1番新しいのだそうです
試飲ではこれが日本酒? 感激しきり
勿論買いました。

鶴ケ城、(若松城)会津ノ記念館 
白虎隊記念館
飯盛山は低い山なのですね

ホテルに18時チェックイン無理のない旅です


 

振り返り  5月28日

さあー出発です
メンバーはfさん(70歳)Rちゃん(77歳) sちゃん(30代)
 kちゃん(3さい) 自分(66歳)の5人です

フェリーで小樽より8時出航
念願叶いワクワク
乗り込む時海上保安官あちこちに
手を後ろに仁王立ち
船ってこんなんだー

Rちゃんと一緒なので
2等ながら身障車仕様の船室で安全ゆったり

船内探検をしました
お風呂あり(浴槽も2個 洗い場も20もあるんですぞ) 
レストランあり(海原を眺めながらリッチな気分)
映画 ゲーム カラオケ
まあ地上にあるものは何でもあるんですねー

ビールを飲んだらなんか変
sちゃんに酔い止めをもらい入浴して寝ました

母さまショートステイから帰宅

家庭菜園、此方寒かったのでしょうか?
思ったより芽が出ていません
こんなんで作物できるのでしょうか?
エンドウ豆に手をして
冬菜をすぐって帰って来ました

母さま15時30分ショートステイより帰宅
帰宅少し前 施設よりTELを戴く

職員への拒否強く 手を上げたり
夜間不穏強く他室に行き杖を振り上げたり
部屋でトイレした  等々
驚きはしなかったが
詳しくステイでの暮らしを知りたいので
今月末のステイ後記録閲覧をお願いする。
で、今後現保健施設では対応が難しい公算大。

夕食はお赤飯、お煮しめ 蟹の酢の物 マグロと甘エビのお刺身
何のお祝い?  と母さま
お母さんお赤飯好きでしょ
私は何でもいいんだよ  と母さま

そんなこと言われると張り切っちゃうなー

食後の歯磨き、パジャマOK
母さまは  あなた優しいのねーと
早く寝てしまいました

自分は以前と同時じなんですけどね

旅から帰って来ました

5月28日から昨日(6月3日)まで
小樽から新潟までフェリー
新潟から福島、宮城と車で移動
仙台から苫小牧をフェリーで無事帰りました
若いころからフェリーにゆっくり乗りたいと思ってましたので
満足しました

旅中、ボケっとしていた顔も元に戻りました


母さまも15時には保健施設から帰っててきます

弟夫婦、娘一家留守中ありがとう


帰って驚いたー
首相が変わる事になっていた
遊び歩いてていえる立場ではないかも
いずれとは思っていても
早すぎるゥ
選んだんだから
も少し 辛抱 辛抱


家庭菜園見回って来まーす
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Author:ハッピーみっこ
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