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短期記憶喪失?

ポストにハガキを出しに行った

そのあとスーパーへ

アレッ!

投函した覚えがない

信号を渡った覚えはある

手許には無い

これって物凄くやばくない?

時々こんなことある

母さまの事は言えない

これがあの時からだという記録になるかもしれない

これからもう1度買い物に出かけるんですけどね

こんな自分だから母さまと暮らせるんだなー

信じられん体験、失敗するからね

暑さのせいか???
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34.1度

昨日はなんもかんもなく暑かった

働かないのに

額に汗した

猛暑はもういっしょ

残暑はいいざんしょ

ベランダに出ようとしたらサッシが暑ーい

夜中の雨でスーッとなった

はるな愛ちゃん

ありがとう24時間テレビをつかず離れず観ていた


「努力」という言葉と文字好きだった

就職してから「真面目」がモットーとなった

気が付いたら「頑張る」になっていた

「努力」に戻りたいと思った



はるな愛ちゃん

初めから最後まで

腕を力強く振るスタイルが変わらなかった

真面目でくじけない気質と思わせるマラソンを見せてもらった

はるな愛ちゃんは美しい
はるな愛ちゃん強い
はるな愛ちゃんありがとう

シャックリが止まらない

今年初めてのバーベキューをF宅でした

S子ちゃんの仕切りで

準備万端整っていてお客さんになってしまった

いつもありがとう

F夫さんの古希と言う事で花束にケーキ

紫のちゃんちゃんこで記念撮影

F夫さん おめでとう
 
F夫さんR子ちゃんD夫さんHさんにS子ちゃん息子娘孫二人にKちゃん

又旅行に行こうと盛り上がり

アッと言うまに時が過ぎ

帰ってひと寝りしたらしゃっくりが止まらない

24時間TV見ようと張り切ってるのに

シャックリが邪魔くさい

初回の時STVに貯金箱と家中の小銭持って行ったっけ


望みはしない

宮崎県の東国原知事が口蹄疫129日をもって終息宣言しました

これからですね



3か月前

前鳩山首相が手を引いて前小沢幹事長と2人で辞めたのに

何だって?

鳩山さんが小沢さんの肩を押して民主党代表選に出馬するって?

それこそ なんでやねん?

選挙後が問題だって?

マスコミさんお願いします

自分たちすこーし利口になるような報道して戴けませんかね



口蹄疫の初め思ったように

国に望みは持てないなー

菜園頑張って備蓄するとしましようか

大葉に絡まった朝顔が

出来るかなー 大丈夫かーと

120個も花を咲かせました

花も段々小さくなって夏も終わりです

そんなことより

夜中の2時30分自分の枕元に来て

お芋が重くって あなたのお芋はどこですか?

義兄ですか 私が入院しているのを誰に聞きましたか?

一緒に帰ってきた子供は何処にいますか?

そんな夜話です




朝の着替えの時

アンサンブルの色合いが気に入らないらしい

こんな格好では人に会えないという

あかるめのグリーンと替え終わらないうち
こんなことしてあなた宣伝ですか
私は一銭も出しませんからね

とても母さまらしい



白い帽子を被る時

今度秋の帽子買ってこようね

誰がお金出すんですか?



どうして?

お母さんだもの 当たり前だよ

下心があるんだね

益々不機嫌にしてしまいました


そんなことより手を引いた時熱っぽい?と感じた
2,3日テレビとの会話も少ない
食事も半皿ぐらいは残す

注意しなくては






冬のトマト?

前の前の日曜日

豪雨で倒れたトマトの枝を縛っていた弟がアッと言った

Mちゃんこれ(青いトマトの房を差し出した)

アラーと言ってMSのベランダで陽に当ててたら味もおんなじ完熟トマトになった

じゃー  冬のトマトって?  何?

まあ 色どりという1点では問題ないけどねー



これから病院です

なんか楽になったよう

全く持って単純な自分です


2度目の野菜を送った妹から4通も便り貰ってるのに

ポストばっかり覗いて失礼この上ない自分

今日こそはと思ってます

自分ならどうする?

此の2週間の位の間に

家族の承認のみの脳死臓器提供が3件目となった

法が変わったことは知っていた

こんなやつぎばやに実施されるとは思わなかった

自分は普通に知識はあると思う


家族の承認と言うのが引っかかる

父が医師の2年は大丈夫というところ

2週間で逝ってしまった

逝ってすぐ弟と自分別室に呼ばれたのか?

担当医師に面会を乞うたのか?

覚えていない

が非常に稀有な例なので医学発展の為調べさせてほしいという
伺いがあった

自分としては「医学発展」と父の日頃からそれもありかと心かすめた

2人切りになり心の内を話すと

「Mちゃん  何を言ってるんだ!!」

今思うと大きな声だった

それで良かったと思うし弟に感謝している

限られた時間内、それも予期しない状況の中での決断

自分はどうするの?





退屈はしない

朝から蒸し暑い

お盆過ぎても此の暑さ

北島さんじゃないけれど

もう 何にもできねっ!


娘が子供と一緒に顔見せた

3人共真っ黒くろすけ

夏休みは遊び呆けたようだ

そのうち息子も現れた

いい男だねと母さま上機嫌

上の弟がいつものように母さまの好きなスイカ持ってやってきた

和気あいあいは小一時間

弟と自分が話すと

たぶらかしてと怒りだし

テーブルを手でバシッ!

足を杖で突かれた 早っ!

間髪いれず上から杖で叩かれそうになった 危なーっ!


今流の服着てる娘をだらしない裸同然とご立腹

孫に挨拶しない しつけが悪いとお説教

夕食一緒に手巻きすしをしょうねと来てくれたけどお流れ

おばあちゃんさようなら3人挨拶したら

近ずかないで2度と来るなと

嫌ーな顔した


まっ!こんなときもあります

明日から雨だというし

雲ゆきも怪しくなりますわね

母さまは真面目

今日も猛暑です

母さま あらそうですかと出かけて行きました

デイサービスがいくら涼しいとはいえ

自分だったらなんだかんだと難癖付けて行かないと思う

真面目で律儀者の母さま

戦争をくぐりぬけてきた母さま

そんじょそこらの事で弱音は吐かない

尊敬に値する

そんな母さまが今1番喜んでくれるのは

口に合う美味しい食事をいただく事

梨も冷えてるし

夕食はマグロのお刺身?

菜園から獲ってきた野菜カレー?

それとも野菜のてんぷら?

美味しいよーと完食してくれるので張りあいがある

自分の願いはただひとつ~ではありません

ただふたーつ~

①食べれる事

②歩ける事(立てる事)

母さま頑張ってます

20日盆

今日は20日盆です

亡父お父さんつまり祖父

自分たち内孫4人はお爺ちゃん お爺ちゃんと呼んでいた

お盆も過ぎた此の日になると

信心深いおじいちゃんはお花を取り換え御供え物をして

20日盆じゃのぅーと言っていた

母さまはこれにこたえて

何かしらいつもと違う美味しい夕飯を作ってくれた



続き  叔父さんの手紙
手紙に依ればY家の方(亡父の義姉の嫁ぎ先)は非常に多忙なようでした
家ではY家の手伝いを受けたようですが家も終わり次第手間返しに行った事と思います
両家が同じに終わるように常に緊密なる連絡を取り共同してうまくやって下さい
R子の教育には万全を期せられたし
姉さん(母さま)も如何に仕事多忙とゆへどもM子(自分の事)ちゃんの養育には最善の努力と研究せられ渡し
兄さん(亡父)は若干短気故姉さんの苦労察している
兄さんは自己の短所を捨てられ渡し
此の事兄さんに伝えられ渡し
M(叔父さん)は兄さんの短気なのに心配しています
兄さんは軍人なれば再び征軍あると覚悟し
馬の使用農業の研究品種改良
肥料の配合(自給)
同じ品種を3年も植えると病気(稲熱病)にやられる故品種改良
親族の交際必要なり
物質的には出来んが精神的交際は緊密なるを要す
k様(祖父の弟)に写真1枚渡してください
宜敷く申してください
Y様 S様(亡父の姉の嫁ぎ先)T様(祖父の弟)K様(祖母の実家)にも
自分12月1日軍曹に進級です
皆々様の健康を祈ります
多忙故乱筆にて申し訳ありません

12月4日 12時      ○義にて

M  K    様(祖父)       M拝


叔父さんの戦死は12月17日

祖父は字が読めない

此の手紙を何度亡父と母さまに読んで貰ったのだろう

叔父さんは家の事 姉 兄 親戚 家業の事 国の事を

突撃まじかにこれだけの事をしたためて下さった叔父さんの気持ちに応えて生きていこうと思います

祖父は酢っぱいものがすきでした

夕食はお寿司とわかめキュウリの酢の物でした

堅いなー

昨日のお昼同期生9人とホテルランチをした

このホテルは3回目

なのに場所はうろ覚え

酔っているか

おしゃべりに夢中でついて歩くだけ

住所を頼りに着きました

ショーウインドウに映る

自分の姿

堅いなー

肩の力抜いて楽しまなくっちゃー

肩の力抜いて生きていこっと!

思いもよらないこと

昨日全ての検査終わり検査結果を聞きに病院へ

高脂血症は食事療法で様子観察
高血圧はこれが不思議?120/70以上になったこと無いのに?

問題は不整脈 連発があるという事で
先生の説明を納得いくまで聞く
結果 連発がこれ以上多くならないよう薬を服用する
まず 1週間

自分にとって青天の霹靂とはこのことだ

1度目は夫が守りたい人がいると居なくなった時
2度目は今回

自分病気とは無縁と思ってた

娘が結果どう?と訪ねて来た

息子が1カ月前
「子供に位知らせろよ」と言っていた

のう天気な自分飲み納めのビールプシュッ!と開けて

いつものように母さまの傍でグッスリ寝れた

菜園のおかげで
芽が出て花が咲き実がなって枯れていく
それが自然な事と強く知った

続 叔父さんからの手紙

昨夕急に思い立ち

R子ちゃんを訪ねた

そこは毎年町内会主催の盆踊りがあるのです

叔父さんの鎮魂の意味を込め踊ろうと心ひそかに思っての訪問でした

R子ちゃんの言う事には台湾から長靴が送られてきたが臭くて履くのが嫌だったと言う

ちんこい兄ちゃんが戦争に言ったことも死んだことも解った

お手紙待ってるよと言われたけど

字を書くのが嫌いだったので書かなかったと言う

R子ちゃんと自分泣いた

M叔父さんは結婚していない

今となっては

R子ちゃんと自分が思いで話をしなければ浮かばれない

戦争反対と1年に1度叫んでも

毎日の鎮魂と暮らしに密接な語りがなければ実にならない

それが証拠に今日は誰も何にも言わない




続き

陸海空の戦いにして一大決心今日をおいて外に無し

お母さんの命日の二日前ごろから多忙の日が続きますので今お便りお致します
(命日は12日)

台湾の○義市に居ります  婦人会の人々には非常に

お世話になりました 朝は早くから飯たき等に

此の御恩に報ゆる覚悟です

婦人の勤労が我等の空中勤務者の地となり肉となり

戦力となって現れる日も遠くは無いと思います

全く銃後戦線一帯は此の事と思い感謝いたして居ります

写真を送ります

1枚は第3種飛行服にて(南方用です)

1枚は第2種飛行服にて

軍刀私物のと官物のと2本あります

今日も朝7時愛刀の手入れを致しました

一点の曇りもありません

貯金通帳はN様に頼んできました

受け取ったことと思います 番号○○○記号×××

現在490園位と思います 責任を以て保管せられ渡し

トランク(革製中型)K様にあずけ有ります    続く,,,,

叔父さんからの手紙

どうしても自分では判読できない文字がある
母さまがショートから帰ったら教えを乞おう

拝啓

久しくご無沙汰致し誠に申訳ありません

故郷の山も平野も雪に覆われて見渡すかぎり銀世界の事と思います

其の後父上様始め御一同には変わりありませんか

御国ヲ離れ20日になります御便りもありませんので如何かと思って居ます

決戦愈々熾烈最高の頂点になりました

決戦 決戦と今迄もありましたが比島をめぐるレイティ島攻防戦こそ真の決戦です

敵に比島を取られ大東亜共栄国の確保は出来ん

是れ断じて出来ず大東亜戦に散った護国の神に申譯全く無し

然らば此の處置如何に

我等皇軍○兵肉弾となり敵米軍に突○

一途あるのみ敵の野望を徹頭徹尾粉砕せん


お父さん 兄さん 姉さん喜んでください

Mは此の決戦に航空部隊の一員として参加出来る事 


Mはうれしくて うれしくて

今迄数年今日あらんが為訓練したのです  続く,,,,,




叔父さんの好きなもの?

昨日は終戦記念日

亡父のエッセイと叔父さんの手紙が頭から離れない

何度も読んだはずなのに

なんにも感じず読み過ごした

のう天気な自分が悔しい

実家にお参りに行った

弟と叔父さんの話になり

叔父さんの望みを手紙から読み取ると

母さまの暮らし方にも大いに関係があると思う

時流に乗って生きるのもいいだろう

弟も自分もそれを欲しないようだ


実家の神前には
故人の好きなものがこぼれんばかりにお供えされていた

叔父さんの好物はなんだったのだろう?
亡父を大きい兄ちゃん
叔父さんをちんこい兄ちゃんと呼んで育ったR子ちゃんにTELしたら
知らない  という
まだ小さくて可愛がってくれていたちんこい兄ちゃんが居なくなったぐらいの感覚だったのでしょう

R子ちゃんは亡父達の2晩目のお姉さんの子供です
お母さんがいなかったので
2人の叔父さんはとにかく可愛がり

ある日R子ちゃんがバナナを食べたいと言い出しダダをこね
ちんこい兄ちゃんが町のどこかから夜遅く買ってきたそうです
昭和13年頃の事ですから
田舎町のどこにバナナなんてあったのでしよう
バナナ イコール 叔父さん親族では有名な話しです






叔父さんの遺言

遺言

一 最後の家に出し手紙ノ内容ヲ守ラレタシ

一 預金通帳ハ父及R子ニ養育費及父の老後ニ

一 実家ヨリノ長ガキ書留
  出○ノ八時間前ニ受領致シマシタ





1 皇軍の血でレイテヲ染むるとも
          敵米軍をたたき滅さん

2 我が身体いずこに散るも悔いはなし
           君に捧げし命なりせば

3 身はたとへレイテの空に散るとても
            七度生まれて御国護らん 


これがたった66年前の叔父さんの遺言です

叔父の事

夏祭りです

花火大会がTVで放映され感嘆の声が伝わります

突然涙が滲んだ


今夜話題のドラマがあるらい

カレンダーに◎は付いてるけど見る勇気があるかな



亡父も支那事変に召集された

実家のお墓に亡父の字で

叔父の戦死がこう彫られている




故陸軍航空曹長勲7等功6級(金鵄勲章を大切に保存している)

昭和16年12月入隊

大東亜戦争に活躍 満洲 支那等各地転戦奮闘

昭和19年12月17日

フィリピンネグロス島上空戦に於いて戦死

行年 24歳

ショートステイ前夜

母さま明日から3泊4日のショートステイです

体調も良さそうでまず安心


朝からTV相手にお話で辻褄は合ってます

全て職業であったS企業繋がりですがね

突然 ここはYさんの家ですか?(亡父の姉宅)

いいえ Kさんですよ(自分の家)

はー 聞いたことないねー



風がなかったので

母さまに花火しょうよと誘ったら

暗いとこでしないで部屋でしなさいと言った

ほーら こんなに綺麗と言っても

TVとお話

花火はTV に負けた



でもシーフード カレーとマグロ変な取り合わせだけど

美味しかったね 母さま





明日から田舎に出張するので伯母さん(母さまのお姉さんのいる保健施設)と一緒のとこで泊っていてね お部屋もお食事も頼んであるからね

そんなとこ行ったこと無いから解らない(いぶかしげな様子)



パジャマの着替えの時

脱いだ靴下を片付けたところ

泥棒ー! と金切り声

吃驚したなー  もう



母さま無事に馴染んでくれるかなー 

叔父さん叔父さん飛行機乗りだよねー

台風一過本日は晴天なり

空気が澄んでいる

青空が高い

風涼やかなるも陽ざしジリジリと後首に痛い

このフレーズ?
天気晴朗なれど浪高しに似てません?

こんな空を見ると叔父さんを思う

会った事のない特攻隊員だった叔父さんを思う


幼いころ亡父はこんな歌を自分ら子供に教えた

叔父さん 叔父さん飛行機乗りだよねー
僕も大きくなったなら
飛行機乗りだよねー
飛行機乗りだよねー

近年になって

そんな歌は存在しないことを知った

亡父はどんな気持ちで教え聞いていたのだろう






台風で思う事

台風4号 ずーっと雨

只の雨じゃない

90ミリの豪雨ですが

ここ札幌に被害はない


台風で忘れられない事があります

昭和29年9月26日台風15号により

青函連絡船洞爺丸が暴風雨により転覆

1155人が犠牲なりました

そのことは翌日知ったと思うのですが

自分10歳 海も2,3度しか見たことなく

まして客船など見たこともありません

5月に乗ったフェリーの半分程の大きさのようですから

瞬間風速60メートルと以上だったとか

ひとたまりもなかったのでしょう

今頃思いやる自分は馬鹿です


陸地はどうかと言うと

暴風が雨と一緒に押し寄せ 通り過ぎ

又押し寄せて通り過ぎ

家中のガラス戸が風でしのります

ビューではありません

ゴーゴーと唸るのです

祖父を初め父母子供4人は1部屋で服を着て布団にくるまっていました

大きいうねりの風雨と共に縁側のガラス戸がぶっ飛びました

風は家を通り抜け反対側の窓ガラスが

ガシャガシャと割れて飛び散ります

家の中も台風です

父が畳をはがし縁側に立てかけ太い釘で固定しました

その時の父の素早かったこと

小柄な父が大きく見え

父を慕う始めだったと今思います

朝外を見て驚いた

1キロ向こうの石狩川が決壊して

ナイアガラの滝のようでした

少し高い所に建っている家は浸水しませんでしたが

目の前を飼い場桶や板や丸太が流れていくのを妹と喜んで見ていました

今思うと本当にアホです

学校へ行ったのかどうかも思い出せません

今思うと脳天気などうにもならない女の子でした





今日も立ち止まり

朝からの雨です

こんな日は何かしようと思わないので落ち着く


今日したこと

母さまとの3度の食事準備

小庭で採れたプラムでジャム作り

小庭に自生した赤紫蘇としし唐で佃煮作り

それだけです

ここらで一休み

昨日に続き猛暑日のようです

菜園に行きたいところだけれど少し立ち止まろう


亡父のエッセイを読んでいたら戦争にまつわる記述が多いと言う事に気ずき胸が痛い

特攻隊で散った叔父さんの手紙を読み返そうと思う



小庭のプラムが色付き始めた

ポートランドも枝がしのるほど大きな房が一杯ぶら下がっている

原種のユリも直に咲きそうだ

水稲も実をつけ頭を下げてきた

1週間もすると秋の気配ですね

亡父のお姉さんを訪ねる

お墓掃除の後亡父のお姉さんを訪ねました.

伯母さんは今年100歳

老人ホームに入所して10年になります

R子ちゃんのお母さんです

もう子供の顔も解らないのですが

ミキサー食で全介助を受けながら暮らしています


この前訪ねたのは5年前
どちらさん?どちらさん?の連続でした
解ったのは実家の嫁の母さまと
実弟の父の名には反応してくれました


今日の面会は以前の自分と違います

職員さんに車椅子を押されて来ました

伯母さん(S Sさん)こんにちわー
反応はありません
S Sさんこんにちはー
かすかにうなずきますが自分を見ようとしません

今日は暑いですねー
かすかにうなずきます
伯母さんOさんを知ってますか?Oさんが会いに来ましたよ
目線が上を向きました
Oさんである母さまも車椅子(義姉さんの手を取るもぎこちない)
伯母さん  Sさん(亡父)知ってる?  Sさんのお嫁さんだよ
(話すほどにうなずきが大きくなるように見える)
弟夫婦 弟に並んで貰い 
Sさんの子供ですよー  
伯母さんに会いに来ましたー
(伯母さん目線を左から右に動かしてうなずきました)

伯母さんMさん知ってる?
(すると伯母さん何言ってるのいうように笑顔になり)

そりゃ  きょうだいだもの  (と確かにハッキリ言いました)

Mさんは亡父の弟で戦死した叔父さんです

(自分の知っている伯母さんは農家の長男でありながらA市のサラリーマンになるような亡父の事、そんな家に嫁いで苦労した母さまの事 二男ながら家の為働いてお国の為戦死してしまったMさん達を心配し見守りお祈りをしていました)


皆んな 寝てばかり 何も解らないというけれど

違っています

伯母さんおやつの時間だから帰るねー
おやつ一杯食べてねー

自分職員さんに断ってテーブルまで送りました

美味しい食事
明るい部屋
快適な室温
体を動かすこと
立てること
皆んな大切 大事なこと

コミニュケーション同じく大事  大事


昨日のお墓掃除

母さまの日常に合わせて8時30分出発

今日は実家の年中行事の一つ故郷 F市のお墓掃除です

不連続線とやらの中を

母さま 弟夫婦 下の弟 自分

田舎の墓掃除は人かい作戦なのです

人手はあればあるほどいい

このお墓掃除に参加するようになって20年になる

毎年根性込めてするかいあって雑草はあっけないほど少ない

このお墓を建立したのが自分12歳の時
父の弟が戦死して11年どうしても独立した墓をと願って
当時の家の財政状態にはそぐはない1等地に
建てたお墓だと後に母さまから聞きました

なるほど見晴らしはいい
住んでいたところが見渡せる
田んぼが見渡せる
そうか そんな気持ちで父母は頑張って建てたのだと今思う

(それまでは屯田兵の家族として入植した祖父は本家と共同で建てた墓にお参りしてました今も本家のT男さんが守っています)


家の庭から移植したユリが2輪咲いていました
実に55年の間 命は受け継がれています
あの日も暑くって3キロ程の道を自転車で顔を歪めながらユリと金魚草を運んだなー
あの頃今のように水 水なんて言わなかったなー
暑さが違うと弟は言うけれど
人間弱くなった?



祖父母 父 叔父さん 兄妹の好きなものを銘々お供えしたのでてんこ盛りです

雨も有難いことに止みました

又来るねーと言ったけど

最近思うんです

祖父母も父も叔父さんも兄妹も

この 我が心にいると強く感じます



暑い1日

今日も暑かった

額から油汗のようにターラリ タラリ

こんな日は大型スパーに逃避行

北海道にしか置いてないトマトのゼリー
知人と遠い親戚にお供物として送りました



Kちゃん

あらー Tちゃん  同期生です

ホルモン手に取り元気でるかな?と思っていた自分ビックリ

あした実家お墓掃除に行くの

気をつけてね  9月にねと別れました

自分の兄にトーマス妹にキティちゃんのお菓子
祖父にお酒 祖母にサイダー
父にコヒーをお供えに用意しました
くだものお花もね




夕方落雷と共に大雨

一気に涼しくなりました

お母さんご飯だよー 凄い雨だねー

私は知らないよ  いま日本は大変なことになっているんですから

あら?(1度に2つはNGなのにやっちゃったー TVも過激模様)

やっと食事前のトイレに誘導するも30分閉じこもり
(トイレはペーパーの山 水は溢れる寸前でゴーッと流れましたヤレヤレ)

食事は半分手つかみとなった (これって不穏、混乱 低下?)

食事の終わった母さま薬も毒入りだから飲まないという
お皿に入れて出したら摘んで飲んだ


TV見ながらコックリさん 無邪気な顔です
お母さんお布団敷けましたー
言われたときに寝ましょー

今日はこれで良しとしましよう








うーっ!  暑い!

うーっ 暑い!

午後から母さまの定期受診です

風が暑い

昨日の比ではない

検査の結果糖尿病の数値もよく浮腫みもない


帰りに母さまはアイスクリーム

自分にはビールを1缶

今日のご褒美でした

うーっ  たまらん!

なんじゃこれ!

オーッ 今日は36,4度の猛暑日です

母さまデイの間に24時間心電図記録装置を取り付けに病院に行った

車に乗っても降りてもムッとする気温

とても とても本州には住めませ~ん



菜園に行って驚いた

芋の葉が1メーターほども伸びている

なんじゃこれ!

引っこ抜いても芋はついてません!

なんじゃこれ!


トマト 茄子 大葉 キュウリを京都の妹に送った
実家で採れたやさいだよー

,賄いさん?

母さまがトイレを済ませ台所の横を通った

お昼のカレーうどんを作っている自分に

おはようございます

お母さんもうすぐお昼御飯だよ

あら  有難いねー あなたは何時から居るのですか

22年前からですよ

あら 私もここは父親が用意してくれた家ですよ

人の嫌がる事を毎日ねー  
変わってくれる人がいるといいのにねー
(母さまは食材のそろわない貧しい食卓を幼い時から任されたことからおさんどんが苦手だと言ってましたが子供が育ちざかりの頃工夫した栄養のあるものをたくさん作ってくれました 中でも農閑期に作ってくれた五目御飯は母の味です)


どうやら自分 今日は賄い婦さんのようです

リフォーム3日目

給水排水管工事
(Fさんが管の手配等下準備万端していたので早いこと
仕事は段取り7分だかって職人さん言ってたっけ)

流し台もきっちり設置
蛇口の高さもぴったりです

試験運転するも水漏れもなく本職顔負けの仕上がりでした

Fさんはもとは指しもの職人を約15年後に地方公務員に転職

まっ! 何でもできるんです


今でこそアウトドアとかいってますが

自分たちFさんの指導のもと38年前からしてました

山での太陽の位置と時間から方角の定めかた
海での引き潮 満ち潮
草花の事 樹木の事 魚の事等

幾多の知恵を息子娘は学びました

息子など伯父さんといたら何処に行っても生きていけると幼ないながら尊敬していました

キャンプに行ってカギを車内に置き去りにした時
砂利道の中から針金を見つけてきて開けました

山菜とりに行って迷い林道をぐるぐる回りキツネにつままれ状態になった時
高い木に登り遠ーい街の灯を見て下山しました
(この時は山に入ったのがお昼で太陽は沈んでしまいました)
この時山の怖さを知りました

Fさんは知恵の宝庫で今のところ出来ないというのを聞いたことがありません

残りの襖も貼ったし ひと段落です

言い出しっぺの自分も安心しました
FさんS子ちゃんお疲れ様でした。

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ハッピーみっこ

Author:ハッピーみっこ
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