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母さまと2人

母さま少し遅めの8時起床
大きな声でハイッ!と起きる
スムースにトイレ、整容を終え朝食
昼食は軽くホットケーキにコーヒー、清見オレンジ
午後は傾眠傾向
手を摩ってすみません、いいえ~とおしゃべり
夕食は鉄火どんぶり、きのこのお汁、長芋とワカメの酢の物、肉だんごと玉ねぎ、ピーマンのケチャップ煮
キャベツ、にんじん、をツナ缶で合える、洒落た名前などない。
トイレを済ませ7時40分ベットへ
昨日と同じに湯たんぽで腰のあたりを暖めておいた
足に触れて驚き
左足が特に冷たい
手にクリームをつけマッサージをする
嫌ならすぐ止めるからね
仕事と思ってやってるのなら止めてもいいですよ
ううん、足が冷たいからと思って、くすぐったい?
ありがとう 直ぐに
険しくなったので湯たんぽに厚めにタオルを巻いて足から遠ざけた
明日は足湯だな
もう少し早く気ずけば良かった
母さまは大きな声を出しTVのテロップを読んても
少しの激昂と不穏で以前のような抵抗はない
お休みなさいというとTV30分のタイマーで
今はもう寝ている
今日は来客も電話もなかった
母さまと二人で1日を過ごした

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母さま帰宅 そして 入所許可の知らせ

緊張の朝を迎えた
10時50分リュックを背負って家を出る
歩道も所どころわずかの残雪でアスファルトが乾いている
しかし風は強く
鼻のてっぺんが冬より冷たい
狭窄症の痛みと痺れが4000歩を過ぎて引いた
お昼は持参したお赤飯で母さまと戴く
口腔ケア、トイレ介助も自分がした
立ち上がりに問題は無い
身体機能も衰えていなくて
母さまの頑張りと作業療法士さんに感謝
手筈通り病院受診も終え
2ケ月分の薬を処方してもらう
息子に迎えに来て貰いマンションに無事到着
バナナ、ヨーグルト、コーヒーでおやつ

夕食前のトイレ介助で不穏になったが
排便のための違和感からと思う
問題は無い
添う以外に無いという
介護が身にしみて納得
自信の様なものが
確かなものとして不安は無くなった

夕刻
ケアマネさんからH施設からお葉書がきてませんかと電話を受ける
弟のところだと思い電話すると
「入所を許可しました」とたった今見たところだと言う
声が沈んでいる
ケアマネさんに直ぐに報告
よかったですね、娘さんも淋しくなりますが云々・・・・
ハイ、ありがとうございますと礼を述べた
4ケ月の保健施設入所が生活に慣れ親しんだ様子がうかがい知れる
これでいいのだと自分を納得させている

変と思いだしてから10年
一通りの道を歩んできた
まだまだ母さまらしさは失われていない
元もと仲の悪かった母さまと自分
手を繋ぐことも初めは嫌っていたのに
今は身体も触らせてくれるようになった
手を取りあって摩り合いもする
母さまが嫌がらなかったら
一緒の部屋で
明日から枕を並べて寝ようかな

明日から元の暮らしに

母さまの部屋大掃除
ベットメーキングOK
春の陽が窓を通して温かい
節電でトイレの暖房も切っていたがコンセントを入れた
息子が
おばあちゃんが居るという雰囲気になったねと言う

おやつの時間を目指して
母さまを訪ねる
おかーさんと声かけても
どちらさん?とも
わたしの名前知っていますか?とも聞かない
清見オレンジを今日も半分こして食べる
あなたもどうぞとしきりに勧めてくれる
今日は風が冷たいのよと
ソッと手を出すと
あら~と摩ってくれる
明日お昼に来ますからねと帰る
母さまの好きなバナナ、ヨーグルト、アンパンを途中購入
1ケ月買わなかったビールを1缶買った


妹から毎日葉書が届く
8条口に見送りに来てくれ
バスに乗り込んで外を見ると
妹の後ろ姿が見えた
タラップで元気でね
大丈夫だから帰って頂戴と言ったけど
違和感を感じていた
食べすぎたのでしょう 急に胸が悪くなって
帰ってしまいました ごめんなさいと書いてあった
そして気弱になったとも
又来てほしいとも
楽しかったとも

同期生のU氏にも一報しておかなければ
6月の同期会のときバツがわるいな

ディセンターから預かりっぱなしの作品も形にしないとな

来月肺がんのG氏が病院受診の時奇跡の生還のK氏と合うから
アッシー君をしてください依頼があった


Jちゃんは副委員長だった
そして村長さんのお嬢さん
1度も同期会に来ない
色々あってねといいながらも朗らか
同期会新聞編集長のK氏が誰か原稿くれないかな~
Mちゃん誰かに頼んでよと言って来ていた
純ちゃんに頼んだらそれは無理と言ってたのに
K氏に原稿を送ってくれた
ありがとうと礼状を書いた



日記

3月25日
退所に伴っての担当者会議が開かれた
自分を含めて11人
母さまを、自分をサポートして下さった方々
3ケ月ありがとうございました
これからもよろしくお願いいたしますにつきる

3月26日
F宅訪問気持ちばかりの京都土産を持参
暫くぶりに運転したが陽ざしがまぶしく
物凄く疲れた

3月27日
母さまと清見オレンジを半分こして食べる
美味しいねと言いながら
少しむせた
冷たい母様の手が自分の手を摩ってくれる
ありがとうの気持ちなのだと受け止める
29日が退所なので
荷物を少し持ち帰った
退所の帰途、病院受診予定
血液検査をすると40分は結果が出ない
そこのところを病院に相談して
ご手配願ったのでまずは安心
お世話になります  感謝

息子が
台所に立っている自分に
小さくなったなー
70の小じんまりしたおばあちゃんになったね
70の口うるさいばぁちゃんでも
家に居ると美味しいご飯が食べれるよ
ありがとう だって
くさしてるのか?
褒めてるのか

京都から帰りました

3月20日
21時10分京都は8条口に到着
夜目に赤い花が咲いていたので携帯で撮りました(椿)
妹と甥のKちゃんが歩道を歩いてくるのが見えました
妹は顔が浮腫んでいるようです
 全ての検査終え腫瘍でもC型肝炎でもなく
 胆のうを数年前摘出していて
 そのせいでもないが、丈夫で破裂することもない胆管が
 悲鳴をあげての結果らしい
 これ以上の治療は出来ませんとの話で
 妹の言うことには
 食生活に気をつけて自己管理と言うこと
 身体に付いているものは取ったらあかんのや!
 よう解ったわ!

3月21日
妹と散歩に出た
どの柊南天にも黄色の花が咲いていた
今が盛りなのか?
白い小米花、黄色いレンギョウにも
北海道とは違うわ
新緑ではないけれど
落葉しない樹を見るとテンションが上がる
妹が嵐山のトロッコ列車に乗りたいと言う
大丈夫?と聞くと
大丈夫やと答える

3月22日
京都定期観光バスに乗る
嵐山でトロッコ列車と思いきや
保津川下りまでセットだった
水は妹も自分も苦手
18キロ1時間30分の穏やかな川下り
お天気上々桜は未だだけど
梅とヒバ、杉で満足、満足

3月23日
1人で醍醐寺へ
満開のしだれ桜を丹念に撮影
旧奈良街道をもう少し歩いてみたかった
午後から
京都タワーへ
1回しか上がったことないからと妹も一緒に行く
自分は京都に行くと必ず登るのだが
改修中で叶わず
夕食は
妹の退院祝い、kちゃんと自分の誕生祝いと称して
「和風レストランさと」でしゃぶしゃぶ
初めから終りまで肉質変わらず美味しく戴いた
取り合えず一安心
仲良く元気に暮らしていてねと2人に伝える
明日は札幌に帰る

3月24日
伊丹発8時45分、千歳着10時15分、自宅に12時着
疲れは無いと思っていたが
夕刻には目がショボショボ堪らず早寝
明日は
母さまの退所に際しての担当者会議です

自分の身体のこと
 動き始めの2000歩~4000歩が
痛い、しびれる、感覚が無い が
足底の着地は出来る
動かしつ続けると嘘のように快調になる
自己管理と言うこと
 ストレスか?
手が震えるようになる
多少のストレスは活力なはず?
 目のほうは
今ひとつ視力が上がらないがこれまでか
 不整脈
これがなかなか連打が止まらない   以上



特養面接終え京都へ

昨日は
特養の面接でした
まず 自分との面談でした
身体機能はともかく母さまは
精神的なものが日常を左右することをお話ししました
加味されるのかどうか知れませんが自分も
自分の身体状況に負けないよう頑張っていることを話しました
退所後はどうなさいますかと聞かれましたので
29日に退所したらデイとショートで在宅を続けますと答えた

母さまはとても良い顔をしていましたが
面談の職員さんと意志の疎通が出来なくなると
一時不機嫌になりましたが
巧い事軌道修正して下さいました
此のところの母さまを見ていると
4ケ月にして施設にも慣れてきたのが
穏やかな表情を見ることが多くなりました

29日退所しましたら、少ないかもしれない時を
大事に家族と暮らしながらご返事を待ちたいと
候補に挙がったお礼と希望を
面談の職員さんに申しました


午後から京都に行きます
昨晩、妹に宅急便送ったからと電話した
寝てるの?と聞いたら
起きてるよ、普通ににしてるからと言った
息子にMKタクシーで気晴らしに観光でもどうだろう?と言ったら
それは不謹慎だろう?
まあ 行ってからの話し
母さまがそこそこ確かだったころ
妹は祇園の休みをやり繰りして何度も
母さまに会いに来たことを思い出した
(妹と自分では社会での揉まれ具合が違う)
自分は仕事仕事で、
なんと味気のない娘だろうと母さまは淋しく思い
なんと味気のない姉だろうと妹は冷たいな思ったことだろう。

「弟二人からお見舞いをことずかった。
封筒を幾つにも分けずしりと重いほど、大丈夫だよ、私も妹も返って気を悪くするよと言うと
N(妻)と相談して決めた事だから持って行ってくれ、MもYも金持ちと言うことではないだろう、本当なら俺が行くところなんだからさ、旅に出ると金は必要だからさ、任すからと押しよこす、あまりなので一旦預かることにしたが本家、長男は義妹は気配り大変だ」

一言

もう1度暴風雪があるらしいけれど
今日はプラスも5度と雪溶けも進んでいる
明日は
自分の定期検診
母さまの特養面接
京都行きの荷物はリュックをヒョイと担いで終わり
見つくろってお土産も宅急便で送った

一言
 以前美しい日本とメルヘンの
 阿倍首相が先の衆議院予算委員会で
 政治は結果です!と何度も発言していたのが気にかかっていた
 聖域なきTPPには反対、
 否定文の否定文は肯定と言うこと
 自分は結果を知ることは無いだろう
 何十年の後のことと思うから
 古希を迎え少し考えが変わった
 年寄りの気持ちがわかってきた
 人はいつまでも生きないのだから
 役目を終えたら程ほどでいいかな
中国がレーダー照射を認めた
 そんなもんだろう
WBC3連覇ならず
 この人のためと意気に感じた時
 力は発揮される
南海トラブ巨大地震
 被害170兆円とが
 想定外で無くマックスの話し
 地震は確実に予知出来ないというが通説
 自然には逆らえないのだ
 摂理で選ばれた人だけが生きるのだ

転倒防止の健康教室

転倒防止健康教室の講習に行きました
2000歩から4000歩は痺れ切って痛いから
転倒と紙一重
やれやれ  と

母さまは
冷たい自分の手を可哀そうにね
膝かけの下に入れなさいと導いてくれた
もうすぐ春だけど外は吹雪だよ と
伝えた

答えなかったけど
慈愛に満ちた優しい眼差しの母さまだった

ダイハード、ラストディを見てきました

一昨日ダイハード、ラストディを見てきました
映画を観に行くと予告編に釣られて
1ケ月に1度は足を運ぶようになりました
洋画は顔の区別がつかないので
敬遠してましたが
チキチキバンバンしても死なないと知ったから観に行った
(日本版水戸黄門か?)
この年になると余りにも悲しいのとか
血を流す物は避けたい
3人のうちだれが主人公なのか判別するのに時間がかかった
悪の親子にも
善の親子にも
同じ親子の情があるという事


京都の妹から毎日手紙が届く
納得がいかないのでセカンドオピニオンを考えているという
胆管が炎症を起こしての悪さらしい
退院後も緑色の嘔吐があるという
もっと早く来て2週間くらい居てくれたらいいのにと言っている
スーツケース一つで東京に出て
身を興した妹がこんなことを言うのは初めてだ
まだ誰にも話してないが
今回は4泊5日だが
4月の母さまのショートの時にすぐ京都に行くと決めている。

母さまはカメが好き?

あんなに歩くことは身体に良いと言ってたのに
車にばかり乗ってます
足元悪いとか
衣服が濡れるとか
楽なほうに流されます

母さまは頬に手を当て目をつむって下を向いていました
声かけしても
ちらりと見ただけ
これはダメだな~
自分もがっかりテーブルに突っ伏して一休み
なんとお行儀の悪い家族だ事
おかーさん、お散歩しましょうか?
かすかに ハイ
車椅子を押して回廊をひとめぐり
途中 陽のさすテーブルで一休み
今治のおみかんを半分こして食べました
お口がサッパリする?
美味しいですよ あなたもお食べなさいと
もんのすごい笑顔です
幼いころの運動会の昼食のようだった
ハンカチをしまおうとするので
それ私のだよというと
あらそうと思考明晰
職員さんがOさんはカメがお好きですよと言っていた
カメさん観に行く?と聞くと
水槽の外からトントンとすると
サチコと言うカメさん
母さまを友達のように右に左にサッカーしてる様
はたまた口をあんぐり縦になる
動物は嫌いと思っていたのに
母さまはいつまでもサチコさんと遊んでる

退所するまでにカメさんを飼おうかな~

春はどうしたの

11時30分までは吹雪いていました
3月も中旬なのになに?これ?です
高速道もJRも不通続発です

昨夜?は18時に就寝しました
不定愁訴と頭痛で起きて居れませんでした
乏しい知性と理性で思い当たるに
今日で東日本大震災から2年
自分流に言うと3回忌です(お祈りいたします)
人並みの気持ちは持っているつもりだけれど
こう、何処のチャンネル回しても、TV、もラジオもだと
完全に2年前の思考回路になっていました

速い復興も願っているし
出来ることはしたい
1番 思うのは
東北の隣人を信じていることです
時が隣人を立ちあがらせると信じています

自分の感性はそうなのです

自分の祖先は
和歌山県から屯田兵として来道
原始林を開きました
食うに困り
香川県は観音寺の祖母の実家を頼って
何度も海を渡りました
それでも思いなおして
又、原始の森で鉈を振るいました
そんな時、国はどんな助けを望を呉れたのでしょう
現在、足軽をしていたという和歌山の土地は
土砂に流され森になっています

そして
子孫は雪の中生きています
晴れてきたようです
母さまのところに行ってきます




昨日も今日も吹雪です

9日の事
母さまと一緒にお昼を食べようと用意していたのだけれど
吹雪と晴れが間欠泉のようにやってくる
自分で言うのもおかしいが
京都を控えた大事な身体だから
止めたほうがいいなと思っていたら
弟が長女のMちゃんと一緒に母さまのところに行くから
帰りに寄ると言う
Mちゃん道内企業の就職内定して研修にも行ったようなのだが
28日に東京の別な会社に就職するという
これでいいのかな~の気持ちがずーっとあったらしく
2月の中旬には内定も貰って
2,3年は帰りませんとのご挨拶でした
弟の言うことには3人の中で1番ホワッとした子と思っていたらしいがやる時はやる
子のなのです
ネットで見たらたいした会社のようだから
そんなこともあるさと肩の力を抜いてやりなさいね
ダメだったら帰っておいでね
何処にでも道はあるからね
と贐の言葉を送りました
とにかく頑張る子ですから。

そして今日
弟のお義父さんのお見舞いに行ってきました
豊平川の堤防の道路はやはり間欠泉のように一寸先も見えなくなります
20年前を思い出しました
市街化調整区域に工場と社屋を建て通勤した時のこと
吹雪で真っ白な原野の中たまにある電柱を目印に早朝出勤したこと
銀行の借入資料を作成して真夜中1人帰ったこと
あの時、車は自分の身と暮らしを守ってくれました
そんな吹雪の冬道をどうやって運転するか?
目は何処に向けるか
絶対見えなくても止まってはいけない
車から伝わる振動をしるベに
五感を働かせろ!
職人さんが何度も何度も教えてくれました
今日、それらのことが思い出され
無事に帰宅出来ました
経験したことは体が覚えているのだとつくずく思ったところです
亡父が冬は毛布を車に積んでおくものだよと常ずね言っていました
同乗者のいる時は積みますが1人のときは
パスしてましたけど親の言うことは聞こうと思っています
吹雪のときは出ないのが一番です


お義父さんコルセットをして1ケ月になるそうで
その結果次第で退院かな?と
御自分で予定を立てておいででした
車椅子の移動ながら歩行のリハビリーもしていて
お食事もとれるようになり
明るい表情で安心いたしました
鎮痛剤は今でも2回服用されているとのこと
同病あい哀れむお話が弾んでしまいました

さてさてと

昨夜甥子から妹の病状を知らせてきました
AST、ALTとも260まで下がり
点滴も外され
食事も夕食から配膳されました
肝臓はこれ以上は無いというほど腫れているそうですが
この容態ですと
11日に退院して
経過観察ということです

そして今日
予定通り飛行機の切符購入に出かけようと身支度をしていたところ
希望の入所特養Hさんから
19日母さまと自分に面談をしたい旨連絡を戴きました
決まったわけでは無いけれど
やり残したことがあるような、、、、、、
となると
出発は20日
25日が担当者会議だから
24日には帰宅
29日の退所は動かさない

大事な今の時だから
もう70、
まだ70、
さてさてと
外は
春の予感
ピンクの色に誘われて
頑張らなくっちゃ!!

待っている

今日は早々にパソコンから離れた
昨日 自動車に乗ったらドライブ表示のランプが切れていた
サイドバンパーのビスが落ちてパカパカと浮いていた
スタンドのお兄さんに1050円で修理してもらう
息子へ  気が付いたらすぐ直してよね
     禁煙車だと何度も言ってるでしょ!
洗車は次回にしよう

寝不足なのか
背骨が痛い 果物と洗濯ものをキヤリアカーに準備して
仮眠 起きたら15時
これは不覚でした
バタバタ動かないで明日にしよう

じっと座っても居れなくて
義母の御仏前のお水を何度も取り換えている

甥子から検査結果の連絡が今晩有るはず
家事を早く済ませて待っている



妹が入院

少しずつ身の回りの雑多な書類を整理している
かねてから気になっていた確定申告
21年度までは申告済み   還付も受けている
22年から24年は年金収入のみ
医療費控除が受けれるのではと
大事に領収書を保管している
年度別に病院別一覧表にする作業をしている
アベノミクスの影響で年金生活者には厳しい物価高
所得が減って市民税、介護保険、国保に反映されるのだろうか
まずは取りまとめよう


K浬ちゃんが新1年生になる
暖気だったので運転して外出、
お祝いを届けた

ドラックストアーによって母さまに幅広の歯ブラシを購入した
(先日口腔ケアを手伝った時、幅広歯ブラシを使っていて具合が良かった)

たった今京都の甥子から電話かあった
伯母さんにお知らせしとかなければならないことができました
母が昨日入院しました
肝機能ASTが469
肝機能ALTが450有ります
レントゲンでは胆石ではなくモヤモヤと物体が映っています
今は点滴で吐き気もおさまり普通に笑うこともできます
体温は36、8分です
明日本格的な検査をしますので又知らせします
1年半前に救急車で運ばれた時は特に異常なく1日で退院しています
2年前に脾臓を摘出しています

明日の報告を待って動くことにしよう

母さまとお雛様の前で写した写真をポストに午前に入れました
妹はどんな気持ちで見るのかと思うと胸が痛い。

お雛様

お雛様の日です
桃の花を買いに出たら歩道がツルツル
昭和47年ころのスケートリンクのようです
車道のほうが融けていて歩きやすい

娘に何してるとメールしたら
父ちゃん休みで買い物中、何か用事?とは聞かない
仲良い事はいいことだ
鉄(犬)は留守番だな
偉いぞ鉄!

かーちゃん晩ご飯いらないからと息子
観劇して外食するから
車も借りていいかな?
あらそう
お雛様だからちらし寿司と思って用意してたのにさ
昨日初めて回鍋肉とやらを作って気に入ったので又今日も作り1人で食べました

弟が母さまを訪ねた帰り寄りました
可もなし不可もなしという
よっぽどお気に入りの話題で無いと食いついてきません
おかーさん29日に退所だよと報告しました

下の弟が全国を旅して歩いた時今治の人と友達になりました
その後その方が北海道に来て弟の家に数泊して
今年もみかんが送られてきて数個貰いました
男の青春の友情です、春の香りでした


1人のお雛様の夜だけど周りが幸せなら自分も幸せ





母さまの退所日が決まりました

3月29日母さまが退所することになりました
改めての病院受診は難しいので
主治医に面談受診してお薬を戴いて帰宅という手筈です
退所に先立ち25日に担当者会議が14時から設けられます

明日はひな祭り
何を持って行こうかな~ 何にしょうかな~
お赤飯とバナナを持ってお昼めがけて施設に行きました
すると今日のお昼は
ちらし寿司、お吸い物、お煮しめ、お刺身と
母さまの好きなものばかり
お赤飯んの出番は無いな~と思いつつ
お赤飯とお寿司ばくりっこしましょうか?と聞くと
どうぞと言う
お赤飯を4分の1とお寿司をばくりっこ
美味しいですか?と聞くと
最高!と笑顔
それならともう4ぶんの1
最高に美味しいよと再びの笑顔

食後の歯磨きも一緒に出来た
手のマッサージをして
お雛様の前で2人で記念撮影もした
又来るねと見つめ合い
おりからの暴風雪の中を帰宅
寝具店の前を通った時 呼び寄せられるように入店
紫のフアフアの敷きパットを買った

心配することは無い
今までの道がある
皆が助けてくれる
笑顔でいれば
大丈夫さ

救急車

昨日のことです
デイサービスセンターに行くべく歩道を歩いていました
今年は除雪が間に合わず雪壁が背丈ほどすれ違う時はどちらかが立ち止まります
その御婦人は自分を待っていてくれました
すみませんと通り過ぎて振り向くと
そのまま??
不審に思い戻ると口元からよだれがタラリ!
大丈夫ですか声をかけるや否や嘔吐して倒れこみました
顔を横にしてもらい伏せの姿勢です
意識もあります
問いかけにも弱く答えます
人を呼ぼうにも雪の山で「かまくら」状態
叫んでも車の音にかき消されるでしょう
幸いなことに近く会社のパートさんが通りかかり救急車を手配してくれました
蒼白だった顔色も何度かの嘔吐のあと赤みがさしてきたようです
大丈夫ですよと励ましつずけた
救急隊員さんが手をすぐ石鹸で洗って下さいと言った
このタオルハンカチはあなたのですか
棄ててもよろしいですかとビニール袋に納めた
(ノロウイルスの疑いかな、だとしたら塩素系の消毒?)
一時の不調であることを願って救急車を見送った
問題はこの後
自分は携帯からの救急車の呼び方を知らなかったのです
119番または0119でいいようです
試したいのですが
するわけにはいきません
正確なところを調べて番号を登録しなければいけません
人口呼吸も習えば出来るようになるでしょうか
プロフィール

ハッピーみっこ

Author:ハッピーみっこ
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