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一日中雨でした

9月29日
母さまの事
弟と母さまを訪ねる
昨晩寝不足ながら気分は良いようです
こんにちわと握手
柿と少し気の抜けたコーラーを二人で飲む
母さまは近頃器を捧げ持って
感謝の姿勢で食べ物を口に運ぶ
さながら茶道の所作である

テレビを見ようと言うと
勝手なことはしないと言う
噎せたので背をなでると
勿体ないから良いからという
又噎せたので背に手をやると
親切そうな事はしなくていいですと言う
退屈でないですかと聞くと
頬に手を当て全然と言う
又来るねと言うと
待ってるよ~と初めて笑顔を見せてくれた

合い着、冬物を持参
夏物を持ち帰ろうと思ったが
来年の自分の健康に自身が無いので
ホームの衣装箱に入れて室内に保管することにした
義妹と娘に話しておかなくてはと思う
弟の目がそんなに悪いのかとキラリと光った
用心の為ですよ

そして今日
テレビの人が言った

春の庭は少女の美しさ
夏の庭はみずみずしい若い女性の美しさ
秋の庭は成熟した女性の美しさ
冬の庭は思慮深い銀髪の女性の美しさ

小庭でそんなことを感じたい



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伊達邸別館 樺戸博物館

9月27日
日本版「許されざる者」を観る前に行きたいところがあった
当別町の伊達邸別館
月形町の樺戸博物館
一文字も見逃さないよう、見落とさないよう
気持ちの喜んだ好い日だった


祖父は屯田兵であったことを誇りに思っていた
屯田兵にも3つの区分があり
募移民開拓
士族移民開拓
引き揚げによる開拓と自分は理解していた
祖父は
足軽であっても士族であった事が
暮らし苦しく和歌山を後にしても心の支えだったのだろう
当別の伊達藩は維新により禄高を減らされた故の
新天地を求めての自費の移民開拓 自分の知っている
母方の月形町の伯父は皆教育に熱心で控えめ
手は節くれ、顔は真っ黒でもどこか違う
樺戸博物館
樺戸集治監の歴史を勉強して自分が
屯田兵の子孫であるということの意味よりも
それより以前に
屯田兵が入植出来るよう石狩川沿いを基盤つくりに
幾多の囚人が北の果てに送られ厳冬の中で礎を築いていた
感謝の気持ちを持ちたいと
往復96キロの一日は終わった

ハッ!と思った
本棚から父のエッセイ集「北辺の挽歌」を手に取った
父はなぜ此の表題を付けたのかは教えてくれなかった

9月28日
過労に付き1日中ブラブラ
3000歩の散歩で外に出ただけ







母さまの歌声サロン

9月23日
菜園へニンニクを植えに行く
無臭ニンニク2個
青森6片ニンニク10個
普通?のニンニク20個
途中冬に備えての街路樹の選定やら
道路工事で迂回やらで一方通行
あせらない焦らないと自分に言い聞かせる

9月24日
F宅訪問
8月以来と思う
R子ちゃんは益々歩けなくなって困ったと言い
T夫さんも介護に疲れたよと言う
妹の事を話すと
年取るとどっかこっか痛くなる
難病とは困ったもんだと心配してくれる
万願とうがらしの苗をあげたのだが
沢山なって美味しいと喜んで気に入ってもらえていた
(来春又種を取り寄せよう)
ピッカピッカの新米とトマトを戴いて帰宅

母さまの事
そして今日
母さまのところで歌声サロンの開かれる日
13時40分到着
母さまは昼食に時間がかかっていた
こんにちわ
どちら様?
Kです、歌を聞きに一緒に行きましようと誘う
有難いと手を合す
肌寒そうだったので毛糸のチョッキを羽織り
膝かけ メガネ とスタンバイOK
事務職員さんによる「あんこ椿」
施設長他介護士さんによるギター演奏
バラが咲いたバラが咲いた
青い山脈
蘇州夜曲
北国の春
上を向いて歩こう
をみんなで合唱
自分予測しないことに涙が出そうになる
どの唄も
若かりし頃の思い出と言えばそうなのだが
どこか切ない
しかし
傍に人が居て温かい空気が動くのは心強い




おはぎをつくりました

今日は孫のk太とおはぎを作る約束をした日です
3日まえ
もし空いている日があったらおはぎを作りたいのでお願いしますとメールが来た
孫は特効薬と母さまは常ずね言っていた
全くその通り
今朝は自分シャキッと成って
もち米を焚き
餡の用意をして約束の10時30分
娘と二人でやってきた
2人とも手順を覚えてきたので黙っていてもつくりだしたが
半殺しの潰し方が足りなかったのか
丸めかたが下手なのか餡の中にご飯粒?
なんか汚らしくない?
食べたらおなじだと言うけれど
手直しして餡の付け方を再指導?
タッパー2個に入れてお引きとり願った


母さまの事

小さめのおはぎを3個
大好きなリンゴを持って弟と訪問
母さまは昼食時食欲無かったと職員さんの話
おはぎ1個でお腹一杯ですもう結構ですと言う
新物のリンゴは青い香りがして
母さま何と言うだろうと期待していたら
リンゴは大好き!こんな美味しいのは久しぶりですと満面の笑みだった

どちら様?と聞かれた弟
息子だよ
また~そんな事と相手されない
本当だよ
賢そうな顔しているけどアホンダラなこと言ってと笑われていた
此のところ
笑顔で握手で
又来るね
また来てね、気お付けてと笑顔で挨拶できる日が
弟も自分もつずいている
そんな日の帰りはとても良い日だったと思えている。

立待月も見えません

切り戻したと言うかバッサリ剪定した朝顔が小さな花を7輪付けた

時たま射す陽に誘われて
越冬出来ない大根菜の種をプランターに植える
発芽しないと残念なので不織紙で覆った

低温のせいか旅の疲れか腰と膝が痛い
運動不足?かとも思い
スーパーへ4000歩
痛みは取れたがグッタリ
このまま就寝しょうかと思う


次の月は8年後と言うから楽しみにしていたことがある
真綿で覆ったような雲にさえぎられ
今日も「立待月」は見えない

同期生のU氏から
妹さんどや?
どうもこうも無いよ、(何度説明させるの~)
この前Hと小樽で飲んだんや、(何度報告してくれるの~)
はよかけんと寝てしまうからな(またまた)
11月に行くさかい良い代理店あると言うとったの教えてな(ネットだよって言ったでしょ~)
(  )は声に出しませんでした

日常に戻って

昨日より気温が高いと言うけれど曇り空
風に吹かれるグミの葉や桃の葉がそうは感じさせません
出勤した息子が疲れた顔してるよと言う
テレビを見たり郵便物に目を通したりブラブラ過ごす
それでも午後からキュウリを始末
プランターの葉大根を抜いた

妹から葉書が届いた
無事に札幌に着陸安心しました
自分の身体も顧みずこちらに来てくれてありがとう
感謝しています
身体が動かず痛く本当に死を身近に感ぜずには居られませんでした
Mちゃんの顔を見たとたん一筋の光がパ~ッと射して
明るい気持ちになりました
前向きに考えるようになりました
ほんとうにありがとうとありました

ラジオとお野菜届いたよと電話も来ました
聞こえる?と
受話器越しにラジオの音を聞かせてくれました
今夜から夜が怖くないと無邪気に言いました

同期生のU氏をおもてなししてくれたR子ちゃんが
妹さん落ち着かれましたか
遠いと手助けしたくともオイソレとはいかないね
本人が気持ちを切り替え
病気を受け入れるしかないのでは
病気と仲良くするしかない、、、、
疲れが取れたら合いましょう
乳がんで5年を経過したR子ちゃんだから言えること
有難くメールを受けた


抹茶饅頭が届いたとH氏、k氏から電話 

記録

9月10日
千歳から関空を経て京都8条口に16時着
飛行機とバスで身体がギシギシ
運動の為
○赤病院までキャリアカーを引いて歩く
9条跨線橋の坂は自分の身体には少しキツイ
16時30分病室に着く
妹は投薬も始まり脚がほっそりしていた
18時病院を出てスーパーで買い物
持参した万願とうがらし、トマトを食す
久しぶりに美味しかったと甥が笑む

9月11日
家中掃除機をかけるが綺麗
後で聞くと甥が先日念入りに掃除をしたと言う
レバニラ炒めとトマトを病院に持参
今までの病状の経過と現在の状況を妹から聞く
前触れなく発作を起こすのが心配
18時30分病院を出る
9条跨線橋から赤い太陽と少し太った月が同時に見えた
お造りを買って帰宅
持参の茄子とキュウリ、キャベツ、トマトを食卓へ

9月12日
スーパーで立派なハマチのアラを見かける
トイレ、台所、ベランダを掃除
面会室でとりとめない昔話をして過ごす
心配していた血液検査の結果が良ければ14日退院出来ると言う
18時30分帰宅
ブリ大根を作って甥を待つ
持参のモロッコをコンニャクさつま揚げと煮る
此れも持参の茗荷のお味噌汁を作ると
此れは全然イケルねと甥が言う

9月13日
家中のカーテンを洗濯、手直し
9条跨線橋の登り下りは身体に堪えるので
下も通れるのでは?
風情のある町並みで観光客気分
明日の退院が決まる
主治医の先生ともお会いできなお一層安心

9月14日
10時退院
妹を家に置いて
甥と菩提寺にお墓参り
好ましくないと言うけれど
妹と甥を見守って下さいとお願いした
34度で
ガマの油売りではないけれど汗がタラリ、タ~ラリ
ちらしずし、お造り、で退院を祝う

9月15日
台風18号到来
3条大橋、渡月橋は橋げたすれすれに増水
大雨特例情報で
TVでただちに命を守る行動を取ってくださいと呼びかけている
和歌山、滋賀、福井どこもここも被害甚大
桂川が決壊した
窓を開けるとウィ~、うぃ~と消防車の音が聞こえた
自分どうやら妹の退院で気が抜けたらしい
同期生U氏のお食事のお誘いをお断り

9月16日
身体慣らしがてら妹と京都タワーに行く
歩いても直ぐなのですが移動はタクシーで
段差があると妹はつまずきそうになる
大丈夫かな~
夕食は3人で外食
妹はすき焼き、甥はウナギ
自分は久しぶりにビールを所もうした

9月17日
妹が8条口まで杖代わりに自転車を押して送ってくれた
妹の病気は
リュウマチ性多発筋痛症(重い)
つらつら思うに5年ほど前から発症していたらしい
ステロイド等の服用から息苦しくなるとかの副作用が多々ある模様
家を出る時は○○コに寄って帰ると言っていたが
もうあかんからまっすぐ帰ると言った
心配なことです
葬儀場も決めていたし
株も全部売ったと話していた
何時どうなるかもしれないから
身軽にしないとと言っていた
此の2ケ月妹は本当に苦しんだのだと心底思った
20時帰札
京都に電話をすると
Mちゃんの携帯ラジオいいね~
夜中にいい音楽流れていて泣きそうになったよと言う
買いに行くのも難儀なことだろう
直ぐに送ってあげるからと約束した

9月18日
疲れ感なく以外に元気
菜園に車を走らす
トマト、キュウリ、モロッコも終わりのようです
ラジオと一緒に梱包して郵送
30度から34度の気温から20度に夕刻から動悸がする

9月19日
娘から今日は中秋の名月だよ、2021年までは観れないって
生憎曇りで観えません
妹に明日午前中にラジオがチルドで着くよと連絡
どう?と聞いたら
どう?と聞かれても、まぁ~ねと言う
それはそうでしょう  ごめんね
午後からドリンク飲んで
母さま訪問
どちら様?お名前は?と
穏やか笑顔
今日はお月見だからと
京都土産のお団子と初物の柿を入居の皆さんにお持ちする
今日は喫茶ディーで
喫茶室に移動して皆さんと一緒ドリンクを戴くことに
外の見える母さまは
蜘蛛、蜘蛛と指さす
えっ!幻覚?振り向くと
母さま ごめんなさい
青空にポッカリ白い雲でした
綺麗だね 秋の空だねと言うと
うんうんと両手を乙女のように合わせました
コーヒーのお砂糖の封を切れない母さま
ミルクにも戸惑っています
ニガイと顔をしかめたので自分のお砂糖もミルクも
母さまのカップに入れてあげました
熱いから気を付けてね声かけすると
用心しながら上手に口に運びました
ケーキも美味しく戴きました

妹の様子も解ったし
母さまにも合いに行けたし
喉のつかえが下りたような気持ちです
明日は小庭に下りて土いじりでもして英気を養うとしましょう


なんてこったの夢と現実

2階の植木鉢の手入れしてたら
鉢を落とした!
内戸が外れた
アラよっと押さえたら
桟がグラグラになった
なんてこった夢を見るのだ

花に水やりをしょうとベランダに出た
空の素焼きの鉢に触って落とし
割れた!
なんてこった今朝の事

自分の心模様そのものだ

昨夕の月は
母さまと妹のようだった
ぼんやりした空に
それでもくっきり細く
赤ちゃんの爪のように見えていた

さてと家を出なくっちゃ~

あす京都に行きます

昨日の事です
初めて高校の同期会に行ってきました
T町の市会議員をしているYちゃんとは抱き合ってしまいました
卒後50年
みんな変わって 自分も変わって
名前を何度聞いても直ぐ忘れます
基準になるものが少なくて
2次会まで5時間 少し記憶を紡いで
今 名簿と写真を照らし合わせて
今頃 嬉しがっても懐かしがっても遅過ぎです
今合った人 話した人を忘れてしまう
何度気まずく不安になったことか

母さまの日常もこんなのかと思ってしまう


さて
妹から家のかぎが届きました
毎日毎日検査検査で痛い身体を引きずって歩いています
Mちゃんも苦しいところがあるのに
病気の度に来てくれてすみません
これからは
直ぐに来なくてもいいから体を大事にしてくださいと書いてありました
明日京都に行きます
キュウリ、トマト、モロッコ
逆輸入?の万願寺とうがらしをお土産に持って甥に食べてもらいます

同期生のU氏が電話をくれた
気お付けて行くんやで~
今 小樽や H氏と飲んどるんや
U氏とH氏悪がきで幼い時
お互いの親から
あんたが友達だから
家の息子が悪くなると言われた仲だそうで
代わったH氏
俺 頭悪かったけど社会に出てからが勝負だと思ってたんだ
頑張ったも~
そんなH氏の話を初めて聞いた
運河のガス灯も初めのうちだけ
お二人さんはレロレロに楽しく飲むことでしょう

2020年オリンピック、パラリンピック東京に決定

ビジネスだ
お祭りだ
元気になる
希望が持てる
精いっぱいの笑顔と
自身をにじませたスピーチ
他都市の利害と思惑の中
東京に決まった
7年後
それまで
その後どうするのか
今までの歴史に学ばなければならない
2週間のお祭り
希望だけでは沈んでしまう

思い出すこと思うこと

自分の住んでる町でも
隣町でも
五穀豊穣を感謝する
神社の祭礼の旗が立ち出した

故郷でも
頭を垂れた黄金の稲穂のなか
村の小高い丘の神社で
例大祭が執り行われているだろう
幼いころを思い出す
お祭りの日は
父も田の見周りだけ
母は着物を着てご馳走つくり
祖父も昼から一杯やってニコニコしていました
嬉しくて
半日で終わる学校から走って帰ったものです


オリンピックは東京で開催されることになるのでしょうか
福島の原発
タンクに亀裂が入っていた
汚染水が海へ 地下へ
何度報道が繰り返されるのでしょう
そうこうしているうちに
世界から相手にされなくなるのではないでしょうか

経済が上向けば全て解決されるのでしょうか


ひまわりもトウキビも昔のように高く成長しなくても
花が咲き実が成って楽しませお腹を満たしてくれるようになりました
人間の研究 知識 の成果でしょう

自然災害には打つ手はなく
竜巻があちこちで発生しました
お天気お兄さんお姉さんが
いつどこで何があってもおかしくないお天気ですと言っていた


謙虚にならなくてはと思うのです


昨日から9月です

目覚めのラジオで「風立ちぬ」の宮崎駿監督が引退と聞く
未だ観ていない
「許されざるもの」も観たい
お墓掃除の帰りに月形樺戸博物館に立ち寄っていた
日本で3番目に出来た集治監と言うことだった
位も高く帯刀を許された武士が屯田入植した地と言うくらいの知識しかなかった
他の地でも有ったように囚人たちが開拓、水利の礎をになっていた
北海道の開拓の歴史を背景にリメークされるという


金ちゃんファイターズの最後の1匹
お腹ぷっくりで おはよう と
毎朝自分をドキドキさせていた金魚が
7月10日の朝に死んでいました
一位の根元に甘いものと一緒に埋めました
今日雨上がりの涼しい空を見てやっと日記に書くことができました
今はコメットさんが2匹ヒラヒラ泳いでいます

8月31日
娘と二人で「美肌の湯」に行った
ハンドルを握っているのは自分なのに
車だよ、右によって、
パーキングに入れる際には いいよ と言ってから
自分でも確認して!と うるさい 事
挙句の果て70になったら車から降りなさいね だって

お兄ちゃんがね~と言ったら
親子喧嘩は見苦しいから止めなさい だって
(聞き苦しいからだったかな)
そのお兄ちゃんに話したら
そんなことは無いのにな、解らないんだなと笑った
親しき仲にも礼儀あり
何時暴走するとも限らない
気おつけよ~っと

同期生のU氏が
9日にお兄さんの介護の事で来札予定
10日に京都に行くからと札幌ビール園には行けないと謝りの電話をした
ほな大阪に帰ったら連絡するな
そんな気分で無いから いいよ とは言えなかった
その話を聞いた同期生のR子ちゃん
美女軍団であなたの代役を務めておくからねと
皆に出欠を募った案内状を自分にも送ってくれた
Kさん気を付けて行ってらっしゃい、、、
U氏さんテレビ塔であいましよう ”代役の美女が待ってるヨ”とありました
R子ちゃんありがとう


9月1日
母さま訪問
食欲はあるけど水分を摂らない
ジュース、ゼリー、アイス、バナナ
どうぞ と差し出すと
あなたから どうぞ と笑顔
お顔の色が いいですよ と言うと
頬に手を当て
そんなでもないですよ~と恥じらいの笑み
母娘のやり取りを職員さんが遠くから書き物の手を止めほほ笑んでいた

テレビを見ましょうと声かけすると
歩くの?
あそこだよ 近いでしょ 手を繋いで行きましょう
(立ち上がりの腰切れもよく、足元しっかり、手引き歩行オーライでした)
西瓜1片でコックリさん
手を取りマッサージすると温かいですね、痛いよ と言いました

又来るからね
今日は良い日でした


ナナカマドの葉が紅葉をはじめました


プロフィール

ハッピーみっこ

Author:ハッピーみっこ
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