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好きな時

母さまと朝食をして11時に帰宅
小庭に出て秋を探すように草取りをしたり水やりをしました
もうかたずけようかと思案していたキュウリが又実を付け出しました
来年は何処に何を植えようかと考えて気の休まる午後でした。
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ホームに泊まります

7時起床
朝食後すぐに胃痛
午前中寝たり起きたり
お粥を炊いて2時昼食
自分用のお粥の夕食を持って
今晩は母さまの所に泊まります。

別にと強がりを

痛いほどの陽ざしを大腿部に照らされての運転です
(感じが出ませんね 太ももです)
それだけ陽が低くなってきました(しつこい!)

同じくしつこく寿司ボール 秋鮭のバタ=焼き持参
午前のお休みから起きるところでスッキリ気です
入浴も済ませて先日新調のブラウスにレースを肩に掛けてグーです
少し食したところでもういいと言います
傍にずっといては声掛けが上手くいきませんので離れる事数度

自分に異変!が胃痛で脂汗
個室に引きこもり
自動点灯が数度
入ってます!!と答える自分が何とも間抜け
戻ると
母さまは脅威的にお食事がすすんで
職員さんの声に安心して受け答えしています

パンをフチ子さんのようにエネーボのコップに載せようとします
やっぱりコップの中に落下
取り出そうとすると
人のものに手を出して!!と叱られました


午後はベランダのトマトをかたずけて
小庭の草取り
マンションのHさんがご夫婦で声をかけて下さって
今日オープンした「北3条赤レンガ」の様子を聞くことが出来ました
しし唐 ピーマン 桃 黄色のミニトマトを差し上げました

息子が外食すると言うのです
時間を気にしないのは何とリラックスなのでしょう。

色々です

ラジオが「かいばらえっけん」心は体の主人であるとか

ベランダに出ると朝顔のコラボ 葉が黄色くなってきたようです
日日草が満開  気温13度以上ないと越冬は無理らしい

母さま
お寿司を丸めて 秋鮭をフライにして持参
美味しいよ!って
中断したとき小さいおまんじゅうで口直し
朝もいつもより食べれましたと職員さんから嬉しい報告でした
無理強いせず食べれるものをが母の食事です
何が食べたいとは言いませんので
何なら手が伸びるのかな?と考えます

14時よりドッグショーがありました
母さまはこれまで犬には縁のない暮らしでした
それでも可愛いねと時たま顔を上げて見てました
自分は5歳の時迷い込んだ軍用犬に追っかけられて背中に傷を負ってから苦手になりました
そんな犬なのに父母は餌を与えて飼っていました
(いつの間にやら居なくなって????)
きっと遊んでくれとジャラケたのでしょう
「馬には乗ってみよ人には添うて見よ」 今は好きですよ


明日はU氏の白内障の手術日です
簡単なこと言ってたので娘さんに甘えて養生しなさいとTELした
糖尿病も持病だそうで(初耳)
数値が300食養生して150まで下がったとか
で 延期
9月に行くさかいと言う
お兄さんと甥子さんを心配しての来札で自分の身体は顧みてないのでしょう
来なくていいからとも言えないし です

眼科    点眼薬のみ処方(湿疹の為触られたくない)
整形    サロンパス処方 (炎症を抑えるため 
       これがないとフレキシブルの腰が
       真っ直ぐならない)
循環器科 2ケ月前なれど数値は一つもマークなし 
       これまで通りの服用

心 追われる 詰まるは 自分で自分に添うしかない。

モエレ山に登りました

左手首と左目の回りが漆湿疹
両手肘から手の甲に向けて日光湿疹
唇の回りヘルペス
以上 踏んだり蹴ったり

母さまの帰り
のびのびして気分転換だ~
モエレ沼公園でモエレ山に登りました
石狩から百年記念塔 藻岩山 手稲山 高いところは気分が良かった~
一人で1時間も遊びました
8000歩と言ったら
死ぬぞ~と息子が呆れて笑ってました。

ちょっとね

赤いルコウ朝顔5個多分?ノアサガオ3個がコラボの朝です

テレビもラジオも消しました
上空から見ると川と海に向かって拓け人は住んで居ます
窓に額押し当てぼへっ!と眺めていた
「日本沈没」!あったよな
そうかな?流れるんじゃない?かな?なんて
後出しジャンケンです

報道さん
山が崖が迫るんじゃなくて人間が迫っているのでしょ!
どこもかしこも負の報道で大地震の時と同じです
思いやる気持ちも萎えてきます
人はもっと自然を恐れつつましく生きればいいのでしょう
なんて言いつつ
イケイケどんどんでバブルも体験したしな~
あの時はあの時て生きがいあったし達成感があったけど
今がいいな~
人の一生は短いから
同じことの繰り返しなのかな?

豚ロース丼は?

母さま訪問は弟と
今日は豚ロース丼でした

デザートのバナナ半分
朝もエネーボだけとの事
要らないの 要らないの繰り返し
夕食と明日のお昼に期待しよう


出来るときにと思い観葉植物の鉢の土を交換をした
来年は宿根草も楽しみたいと4鉢求めた
冬期間は鉢ごと土中に埋めるつもりです

桃を2個収穫して亡父へとお供えに持たせた
今年が1番大きい
香が鼻をくすぐる
熟しているのだなと思った

午後の陽は部屋を黄金色に染める
秋の色です。

今日はチキンカツと秋味です

義姉から種を貰った赤いルコウ朝顔がちんまりキリリと4個咲きました

母さまは対面キッチンでコテッ!としてました
いつものテーブルに移って
チキンカツ3センチ
秋鮭だよ~と鮭も半量
おにぎり半量
キャベツの副菜少々
お汁半量
デザートもOKです
努力の誘いはあるけれど
食べると言う意思と機能は十分と感知しています
一頃から見ると安定した食事です
顔色も良いので最低限の水分も足りていると思います
何よりも気持ちがしっかりしています

明日は何にしよう?


帰りの玄関で役員のMさんにお会いした
食べれてますか?と聞かれた
一頃よりわね答える
母も90過ぎてからホームに来てるからなかなかね後3年生きれるかな~と言われた
答えに困った そして羨ましくもあった。

ハンバーグ

今日も朝顔が4個咲きました
予報通り朝から雨が降りました
札幌はもう30度にはならないそうです
大根を撒きましたがこの雨で発芽したらカイワレ大根のようになるかもしれません


母さまはベットで午前のお休みでした
介護士さんが2人でお昼ですよと声掛けをしてくれていました
寝ているのが楽ちんと答えています
近ずいて詩歌集を見せましたが嫌いだそうです

今日はハンバーグ持参です
お味が好みだったのでしょう なんと1個を自分から手を伸ばして食べてくれました
おにぎり デザートも食べました
久しぶりに美味しそうに食べる母さまを見て
嬉しかった!!

ホームの大根の発芽していないところに種を撒いた
間引きにはまだ早いようです。

詩歌集が完成しました

ベランダに朝顔が4つ咲いていました
風もなく涼しく穏やかな朝です
が気持ちは真逆
湿疹は漆でした
嫁いで50年山のお墓の漆には参ります
おまけがあります
肘から下を日に当てて気持ちいい~っ!と運転していたら
日光湿疹にもなりました
同じ湿疹でも
かゆみと形状の違いがあります
従って軟膏の処方も違いました


夜半に詩歌集「せせらぎ」が完成しました
時の経過とともに編集は進化?の余地があります


母さまはお疲れモードでした
気持ちはしっかりしています。

いつでも会えるねと微笑んだ日から

母さまは左に身体が傾いていますが
職員さんにお聞きしても心配したほどの疲労感は無いようです
あれこれ持参したけれど
お寿司も 海老天も 芋天も却下
わたしはいいからあなたお食べなさいと言う

おか~さん R子ちゃん(F宅)にお参りに行ってくるから帰るよ
ご飯食べてるかい?と聞かれたらなんて言っとくの?
ピンピンしてるって
ピンピンしてるって言うの?
勢いでおにぎり完食でした

お参りに行くなら甘いものの一つも持って行きなさい
手ぶらは嬉しくないですよとも言いました

母さまは
「いつでも会えるね」と微笑んだ日から冴えています。

大雨の中母さまとドライブ

お天気予報士さん弱い雨でなく強い大雨ではありませんか
昨夕蒸し暑いお天気です
弱い雨が降るでしょう
外れたら想定外! いい言葉です

延期した先日より天気悪しです
藻岩山も靄と雨でサッパリです
豊平川も急な増水です
仏舎利塔だけが山腹に浮き出て迎えてくれたような気がしました
ミュンヘン大橋から札幌ビル群も見えません
畑に着いた時
母さまは頬杖を解き真剣な表情でした
西11丁目石山通りも通勤で往復した230号線です
大通公園の住友生命の前を通過しての説明にも今一つ
テレビ塔も視界が悪かったのか無表情に通過
ホームに帰って昼食の段になって
仕事をしてからね
食べている場合ではありません
と仕事モードの母さまでした

お天気に恵まれれば大通公園でアイスかトウキビの予定でしたが
塩飴を口に入れてのドライブでした
心地よさげに振動に身を任せていましたから
思いでの懐かしライブになったと思います。

運転士さん 介護職員さん ありがとうございました。

目っぱが出来ました

10時菜園から帰宅
母さまの好きそうなものを見繕って大急ぎ
トウキビも収穫出来て
あ~トウキビと言ったけど1列食べただけでした

解らない
無いのとこの頃言います
何という言葉に置き換えたらいいのでしょう?
考えています
うるさいから帰りなさいと言われました

明日はドライブです
帰宅途中母さまにピッタリのアンサンブルを見つけました
首元にフリフリ付いて
母さまの好みの感じです
引き返して
明日着て行こうねと見せたら
ドライブは大嫌いですと言った
ハンガーに掛け
仰臥している母さまの見えるところに吊るしました

どうやら目っぱが出来たようです
3歳のころ家では治らないような大きな目っぱが出来て
毎日病院通いをしました
幼くてじっとしていることが出来ず
頭を先生の膝に乗せ足を母さまの膝にのせて仰向けで治療を受けていたのを思い出しました
そのせいで中学まで自分の目はびっこたっこでした。

銀杏が

只今 母さまとの宿泊から帰りました
昨日の夕食はほぼ完食で生活部長さんが驚かれていました
今朝はおめざの小どら焼きにバナナ半分でした

一緒に寝ましょ! 顔を洗って来ますと言ったら呑気ですね
また顔を見せてねと言います
チャンス!!です
これまでのベットは母さまの足元にセットしていました
横にベット持ってきていいですかと聞くと
いいですよと言います
あり難いとも言いました
ベット策や夜中の体交のためピッタリとはいきませんが80センチまでは近ず来ました
体交の時そっと見ていると女性の介護士さんの肘から手の間をそっと撫でています
介護士さんも母さまの手を握りそっと胸に導いてくれています
その時間はとても長く感じました
感謝です。
枕を並べて寝ることが出来ました

朝食前に13日に撒いた大根が発芽しているか見に行く
OKでした

気温26度空高く{カーペンター}を聞きながら帰宅
気の早い銀杏が黄色くなって歩道に落ちていました

目がしょぼついていますが
菜園に大根撒きに行ってきます
植えなきゃハジマラナイ!!
1泊します。

終戦の日(敗戦の日)

亡き父のエッセイ「北辺の挽歌」より

旭橋よ、誰もが渡れる橋であれ
 旭川駅前から子供連れの夫婦が電車に乗る。乳飲み子を背に5歳くらいの子供の手を引いた奥さんと、奉公袋を持ち子供の頭に手をやるご主人が互いに目と目を合わせて笑う。
 やがて電車は旭橋中央にかかる。橋を渡り切るにつれ、ご主人の顔が引きつり、言葉少なに表情も真剣になる。
第7師団営門前の停留所での出来事である。当時私は電車の運転手だった。年老いた母と子と思われる別れ、父親の場合もあり、若き男女の悲しい別れを幾度となく眺めた。なすすべもないつらさを嫌と言うほど感じ、電車は終点である一線六号へと走る。あの美しい旭橋は、多くの人々心を様々に変えたことだろう。
 私も昭和13年、旭川の28連隊に入隊各地を転戦して多くの友を亡くし、大阪赤十字病院、金沢陸軍病院で治療を受けて原隊帰還し旭橋を渡ることが出来た。
再び渡れなかった友よ、許してください。
終戦記念日を迎える今、
私の気持ちは旭橋は誰でも必ず再び渡れる橋であってほしいと祈る
 19年には弟が戦死した。
みたまよ安らかにと、今年も旭川護国神社に参った。
雨が降り、電車はもう無い。心静かに。
いつまでも旭橋を眺めるわたしだった。
              (平成3年8月13日)


母さまの歌

南海の空に散りし義弟の父妹への遺書やさしさに充
盆の日に一家親族墓参りあの世の子にも会いたる感じ
         (自分の兄と妹を亡くしている)

母さまは今日から午前午後と二回仰臥することになりました
お盆にちなみお赤飯の昼食でした
顔色はいい様で会話も通じました
一緒にいった弟と少しの安堵です

今夜は
町内会の員数合わせで大通公園で盆踊りに参加します
浴衣なんて何年ぶりでしょう?
きりっ!と着たつもりなんですけど~。

お墓参りに行きました

今年は無理かと思っていたお墓参りに早起きして行くことが出来ました

積丹の日本海もトンネルや覆道で視界を遮られ昔の景色ではありません
野塚を過ぎると景色もパノラマに積丹ブルーも冴えてきました
息子に家の歴史や放蕩を続けたと言う伯父、祖父の事 太っ腹の祖母の事を語りながら
山のてっぺんのお墓に到着です
蝉がミンミン バッタがピョンピョン ブーンと飛んでるアブだって3センチはあります
虫除けスプレー フマキラー は必須アイテムです
ホッ被りして釜もって厳重装備
漆だってありますから油断がなりません
てっぺんには4家のお墓があり
右隣はお花だけ掃除は諦めたのでしょう
左隣はお墓の笠に後方の大木が雪で折れ直撃して転げ落ち
石策も自家との間に転げ落ち散乱の有様です
境内も草が大木になり訪れる人の居ないお墓は無残で哀れの気持を誘います

まず自家からと同行してくれたH人ちゃんと3人清掃 お参りをすることが出来ました

おせっかいと思いましたが断りのお参りをして
崩れた策を墓前に持ってきて
釜で切れる木は片ずけさせてもらいました
若い二人も何も言わず手伝ってくれました
そこへ
奥尻島の地震があった時から来ていると言う一番左のお墓の人がチェンソーを担いできました
積丹の後は樺太に渡ったのだそうです
これは酷いと大木も男3人で片ずけました
此の4家は成功者という事で語り継がれているようですが
今はこんなとこです
来年もお会いできるといいですねと先に帰って行かれました
これもご先祖さんが取り次いでくれたご縁でしょう


やれやれと積丹の海を眺めていたら
ドサッ! 虫か!!と振り向いたら
クルミの青い実が落ちて紙袋に入ったのでした

養母が来ないの?と何度も気配で夢に来ました
行くよ と大きな花を仏壇に供えていたけれど
ありがとうのおみやげだと自分は思っています

「岬の湯」で2つ目の有難うと日本海を眺めながらの癒しのひと時でした。

パンドラの箱

パンドラの箱というのでしょうか
母さまがが住むところを変えた15ケ月前
書き記したものがどっさりと保管されていました
辛かったこと理不尽な目に遭ったこと
病気の事等心の内をしたためてありました。
嫁いだ家の為 舅の為 夫の為 子供の為 里の為に
理想高く 屈することなく一生懸命生きてきた都度都度に
書き溜めたもので自分は母さまの報われない来し方を思い可愛そうで封印してしまいました。
看取りの時期に入り
一緒に俳句があったことを思い出し
3日前から
ランダムにパソコンで打ち始めました
御達者クラブで
詩歌を習いに週に1度243回
平成15年10月が最後でした
平成15年3月には一過性のクモ膜下症で倒れ記憶を一時期失い
入退院を繰り返し平成16年からはディサービスも利用するようになりました
75歳くらいからクラブに入会したのではないでしょうか

それで只今入力が終わりました
普通に暮らそうと決めていますが
のんびりしてはいられない気持ちです
早く形にしなくては
詩歌集  「せせらぎ」とタイトルは決めました

平成11年の年越しを亡き父と母さまとを招待して大沼公園で白鳥を見て
函館の湯の川 お馴染みのホテルで過ごし
元旦の函館山に登りました
コーヒーを注文して一服
その時テーブルの上にあった紙ナプキンにサラサラと
亡き父(82歳)は鉛筆で春駒を描いて自分に呉れました
額に飾ってありますがデジカメで撮って挿入しました

母さまの歌
2000年東雲ついてご来光を清らに拝む函館の頂上

年の瀬に大沼公園旅をして白鳥のついばみ愛らしく見る
と歌ってくれていました

冬道を
後ろの両親をミラーで気ずかいながら
おやつをたくさん車に積んで
楽しい旅だったと思い出しています

小庭で鬼百合が満開です
車トンボがサイドミラーに止まりました
白い雲のその上の
高いところに青空はあります
カーペンターズの曲は今の季節にピッタリです。

お盆な日

1時35分携帯が鳴った
なに!!!
同期生のN氏からです  切れた!
水のみに起きた
ベットに戻ると携帯が光ってた
また間違えましたすみません メールが打てなくて~
用件は埼玉のHが兄さんの法事に来ててね 一杯のみに出たんだ
旅館に送って酔いの冷めるまで橋で休んでるんだよ
暑いわ~
鉄工場の社長でリンパ癌 寛解3年 頑張って飲んでます!!
美人は通らないの?と聞いたら
あ~そんなのは居ないな~だって

朝に昨日はごめん!とお詫びの電話が来ました
Hが俺昨日の記憶がないと聞いてきたさー
小さな川向こうの肺細胞がん 寛解2年のG氏も子や孫が集って連日のパーティが見えるそうです
又連絡しますだって

お盆らしいお電話でした。

入浴できました

午前中入浴したので昼食を遅らせていた
ベットに寝ていたのであ~と落胆!!
おか~さん!
お風呂に入れてよかった(職員さんの決断に感謝)
熱も下がっていました
夕食の時Sさんの誕生会でケーキが用意され
1個食べましたッ!て
ベットから車椅子で移乗される母さまはツルのように痩せていました。


家族会の役員会を終えて戻ったら
お団子食べてお昼寝してました
車椅子をベットに引き寄せ自分が座って母さまの顔を覗き込んで見てました
母さまも自分を不思議そうに次第に目が合うようになって
寒くない?
なんにも
テレビ持ってこようか?退屈でしょう?
丁度いい  寝るの楽ちん とタオルケットを引き寄せて見せた
爪切リましょうか?
いいや 新聞が見たい と言います
仕方がないので7月の新聞を手渡すと紙面を撫でています
読書家だった母さまは若いころに気持ちが戻ったのでしょう
新聞と週刊誌を約束しました

明日は一緒にご飯食べようねと言ったら
何時でも会えるもねと嬉しそうに笑った。


母さま発熱

いつもの時間に
いつもの食べ物Ⅰ式持って行った
母さまがテーブルに居ない
部屋で伏せっているのが見えた
職員さんが37度3分あり10時30分から寝ていると言う
タオルケットで顔を隠している
昨日より顔色は悪い

弟と義妹 H大の大学院を終え東京に就職している孫のU史が来た
このU史 母さまの闘病中 に
1番の「薬」になった希望の星の内孫1号です
ちなみに「新薬」は内孫2号のN美 やはり東京に職場があります
そして「特効薬」は内孫3号のH香 大学生です
母さまの辛い闘病生活が続きました

何もわからないと言います
それでも教育熱心だった母は
H大という言葉には目を開いて考えました
石狩川にもお墓にも心が触れたようでした
弟がお墓参りしてきたからと報告すると
お墓参りねと小さくハッキリ答えました
なにかドリンクでもとすすめてみましたが要らないといいます
見回ってくださる看護師さんと職員さんにお任せすることにしました

弟とU史に手を取られ
解らないといいながらも濃い時を過ごしたのではないかと思います
自分と義妹はブキッチョな2人に
もっと近寄ってとか大きな声でとか目を見てとか
付きっきりの指導をしました

明日来るねと額に手を置くと嫌がりはしない
熱は無いようだけれど・・・・・・。


小さなお散歩

母さま朝食はほとんど摂らなかったと言う
昼食も
後で・・・と言う
1時間 ばかり後で・・・後で・・・の押し問答
自分 席を立ち  どうしょう 帰ろかな?
お団子ですよ~
手を差し出してくれました(ホッ)
水分もカップで一人で飲めました
桃はジューーシーで食べずらいので口元へ
半分食べて  
もういらないと顔を伏せました
口腔ケアのあと
お散歩しましょうと屋上へ
あなたのお家は何処?と聞きますのでツドームの方向を指さしました
藻岩山もファイターズの札幌ドームもクッキリと見渡せました

外へ出て園を一周  はじめての事でした。

秋だな~

母さまと昼食
今日は中華丼でした
(餡が出されていない!!どうした?)
おにぎりと蕗の煮つけ
デザートにメロン
ぐっとこらえて持参の副菜とチーズケーキで終えた
母さまはありがとうと何度も言った
同じテーブルですから助け合いましょうと自分は言った

口腔ケアをして
車椅子押して雨上がりで陽の射す外に出た
風が冷たい!死にます!!というので慌てて屋内へ

明日も一緒にお昼しましょうと約束した
握手しようとしたら
痛いから嫌という
肩をポンポンと叩いて又ねと返ってきた


途中ホームセンターで
牛糞堆肥2袋 苦土石灰 化学肥料を購入
秋大根まきの準備です
ホームセンターの駐車場の水たまりを覗いたら
青空と白い雲が映っていた
??
戻ってもう1度覗いたら
深い井戸を覗いた様だった
空を見上げたら
天は高かった
秋だな~。


今日は七夕

今日は母さまのお父さんの命日です
あの日は暑かった
葬儀の写真に自分は居ない
何故だろう?
58年前は乳牛を飼っていた
父母の留守の間搾乳する部落の伯父さんを頼んでいた
乳しぼりをする前には大量の暑いお湯が要る
そのお湯を朝早く準備するために連れて行って貰えなかったのだと今やっと気が付いた
ベランダに七夕提灯出してロウソクを灯します


母さまは食事がすすんだ
タラの身は口に合ったようです
ホウレンソウのあえ物は初めての味だそうです
すまし汁も甘いねと言います
持参の定番卵焼き お豆の甘煮も喜んで呉れました

京都の妹へ
早朝菜園に行って野菜を収穫
雨続きのせいかトマトもキュウリもモロッコもさっぱりです
万願寺 伏見甘唐辛子 茗荷(逆輸入かの突込み!!)
ニンニク しし唐 ナス 大根
それだけでは何なのでメロン 月寒饅頭 グレープフルーツも入れて郵便局から送りました
何でも売ってるからいいのに~
送り賃のほうが高いでしょうと妹は笑うでしょう。



隣人だった人

今朝札幌入りするはずです
きっと顔を見せてくれるだろうと思っていたら
kさ~ん ベランダの外から叫んでいます
ハ~イ! ペットのK嬢も一緒です
10ケ月ぶりの再会です
作りかけていたお稲荷さんとコーヒー 麦茶で朝食をしました
これまで事 これからの事を大急ぎで話しました
帰る前に
ジンギスカンでもごいっしよ出来ればと思っています


母さまの所には少し行くのが遅くなったけれど
.明日は一緒にお昼を食べようねと言ったら
そうしましょうと微笑みました。

気持ち休めて

朝からの雨
自分雨の日が好き
セコセコ動かなくてもいいやという気になる

妹から4日前便りがあった
思わしい病状では無かった
杖をつき始めたと言う
小康状態だったら避暑においでと書く積りだったのに
ガッカリ 立ちつくす気持ち
良いことも
悪いことも
心配なことも話し合おうねと
主治医に何でも相談して
薬は勝手に増減したらダメだよと追伸した

同期生のU氏
2週間の札幌滞在で大阪に帰った
28日は自身の白内障の手術だと言う

歳を重ねることは難しい



脳で分かっていても
精神で折れる
誰でも大なり小なり経験のはず
スタップ細胞の結果が11月に出るのに
今 化学の最高峰と嘱望された
希望の星が散ったのか散らされたのか
中学の熱血教師がよく言っていた
お前らの頭は
文明開化の音がすると
馬鹿頭だ!とよくバットでスコンスコン!叩かれた
500年後には日本民族は居ないぞ!!とも


日本中豪雨
水位が上がってと言うけれど
あそこはもともと河川敷で
川の一部とおもうけど~
たまたまにパークゴルフやキャンプに
貸してもらってるだけじゃない?

たまに暇だとぼやきます。

3回のありがとう

昨晩は母さまの所に泊まりました

解りません
要らないの と食がすすみません

夜中の体交時に
初めに はい!ありがとうと大きな声ではっきり
中ほどに ありがとうと労うように優しく
終わりに ありがとうと慈悲を受けた人のように言います
体を動かしますよ~
終わりました~
おやすみなさい~と介護士さんがそっと部屋を出て行かれます

2時間おきに
ありがとう
おやすみなさ~いが繰り返されます

自分は
母さまが安心して身を任せている空気が感じ取れ夢うつつです。

夏バテかな?

パソコンで遊んでいたら気温がグン!と上がるのがわかりました
10時30分立ち上がろうとするとグラッ!フワッ!
どうもおかしい?
強壮剤飲んでもシャキッ!としません
母さまの所はお休みしました

夕刻に洗濯をしていたら
聞いてはいたがそんなに洗濯好きか?ゴキブリでももうちょっと休むぞ!と息子。

喫茶でコーヒー

今日の母さま訪問は昼食時
(夕刻の訪問は帰宅の運転危険と自分の身体保全の為よろしくないようです)
わたしには呉れないの~
乞食ではないから要らないの~
と やはりすすまない

今日は喫茶の日ですと職員さん
自分も疲労感で1時間後はキツイかな
おか~さん喫茶店でコーヒー飲んできますかと聞くと
シャキット  ハイ!
それではと気合入れて喫茶へ

おまんじゅうにホットコーヒー
嬉しいことにおまんじゅう完食
食べれていない母さまに生活部長さんが
おまんじゅうもう1個いかがですかと聞いてくださった
おか~さん おまんじゅうもう1個食べれる?
驚きのあり難いの返事
2個完食
コーヒーもOK
少なくなったコーヒのカップの傾けを介助したら
離して!との仕草
おか~さん凄い 嬉しい日でした。
プロフィール

ハッピーみっこ

Author:ハッピーみっこ
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