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大根抜きました

トットトしなければ天候が崩れるそうです

町内自治会の方がお悔やみに来てくださいました
母さまの元気なころは町内の旅行会 お茶のみにも参加していましたので
お綺麗なおばあちゃんでしたねとお褒めの言葉もいただいたりして
母さまの思い出話をすることが出来ました

大根抜いたら息子に電話して迎えに来てもらう段取りでしたが
時間がありません
14時30分になると陽もかげり鼻の頭が冷たくなりますからね
一緒に行ってもらいチャッチャット抜いてきました
ちなみに息子は一本も抜きません

新しいお花屋さんでカサブランカ 赤いカーネーション を買いました

今日の移動は「自力」でなく「他力」だったので身体が楽でした。
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玄米を食べよう

2週間前から玄米を食べようと息子が言い始めました

玄米ね~
身体によいと言うものは母さまが直ぐに取り入れましたので
話さかのぼって自分12歳のころから
農家でありながら玄米 麦
牛も飼っていたので牛乳も飲み放題でした
その玄米どうしたこと?
いいね~とは言い難く も
スーパーで下調べをしていました
種類も多々あるようなので好きなのを少し買って来たら?と言ってました
直ぐに試しに1キロ買ってみたから頼むと事はすすんで土鍋で炊きました
昔は圧力釜で炊いてもプチプチと食べずらかったのですが
モミを取っただけの玄米なのに非常に食べやすく
色も昔に比べると薄い褐色黄土の色です

母さまは玄米と決めるとお寿司も炊き込みご飯もお弁当もで
例外ということはありませんでしたので
遠足 運動会の時は特に嫌でした
母さまの玄米話を息子とすることになりました

昼間はカラーブロックを小庭に並べてチューリップを植えました。

ランチに誘われて

10月29日
食品会社に勤務していた友人5人とJRホテルでランチをしてきました
皆はとうにご両親を送られていて
ご自分の時はこうだったから現在までの話で留まることを知りません
慣れない職種で困らせたTさん先輩
喧嘩っ早くて直ぐ他部門ともめるJさん後輩
他課ながら経理を教えたSさん
注目されないお食事会は居心地の良いものでした
皆さんの気使いだったのだと思います。

噴火しました

ミスタードーナツに夢中になりましてせっせと買いました
8ポイントたまって「フワフワケット」と交換に行きました
お客様申し訳ございません 品切れでしてと引き換え交換券を渡されました
来年の1月10日以降のお引き取りと書いてあります
えっ!来年!それはちょっと不親切ねと小噴火をしました

次はお花屋さん
ユリと紫色の花を基調としてアレンジするのですが
今日はイメージのようになりませんでした
それではとセットの花束を2個求めました
花長持剤が1個だったので
もう1個頂けますかと言うと
1個しか付けれません
自分少々カチン!
それでは2回にしてお会計してくださいますか
それは出来ません 1回に1個です!!
そうですか ケチで言っているのではないのですよ
先日も買ったのですよと目の前のキープフラワーを示しました
理屈に合わなくはないですか と
自分は大噴火です
近くて便利だけれどこのお花屋さんにはもう行かない
行かないと言うより行けない気持ちです

だんだん寒くなると言うのに遠くの花屋さんに通うことになりました。

ソルダムの白い花が

小庭の土留をしました
手前 通路に近い方は鋭角に並べるとつまずくといけないので
少しカーブをつけて見ました
今まで使っていた神居古潭石とかの庭石は亡父に貰ったものです
土を洗い流したら見れるようになるでしょうか
表情のよいところを探してミニバラの鉢の回りに添わせてみました
名前の通りの小庭ですが
手前は花に通路を挟んで奥は野菜とチマチマ来年は楽しんでみようと思います

腰が痛くって
そっと伸ばしたその先に
なんと!
ソルダムの白い花がびっしりと満開ではありませんか
剪定 不具合により今夏の収穫は1個でした

10年間 弟の日曜日の
母さま訪問が義妹の用意した果物 甘いものを携えて続きました
保健施設であったり 病院であったり 自分の家であったり
この3ケ月は密に心砕いて京都への妹への連絡
下の弟の気持ち 自分へのいたわりと心労は多かったと思います
弟夫婦と一緒するご挨拶は終わったので2週間合っていません
今晩あたり元気にしているの?と弟夫婦に電話してみようと思います。

来年に向けて

小庭の土が流れるので土留めをしようと
ホーマックにブロックを買いに行きました
携帯が鳴って
同期生のH氏でした
歯が痛くて
50肩で腕が上がらないとぼやいて散歩中だそうです
大阪のU氏の肺の影が大きくなって
ペット検査をするのだそうで心配なことになりました
たちの悪い腫瘍でなければよいと思います

来春を楽しみにチューリップの球根も買いました。

カタカナ

ラジオが日の出の時が一番気温が低いと言った
今日は文鳥の日でもあると言う
金魚とメダカを飼っている
小鳥もいいかなと思う

ベランダのガラス拭きをした
苦手な作業で頭がクラクラする


ライダース
ミラノマダム風
ガーリー
ベーシック
フェィファー
スリッポン
トリコロールっぽい
ジックパンツ
皆ファッションに関する表現です
なるほどね

夕刻
母さまは特養入居まえ認知症対応のディサービスに通っていた
U氏職員さんは転勤になっていたのですが
お参りに来てくださいました
スライドショーを見ながら
行かないと言ったこと
帰らないと言ったこと
決してつじつまの合わないことは言わなかったと
思い出話を一緒に長い時間してくださいました
母さまは記憶に残る人として思いだして頂いています。


定山渓に行きました

ラジオが今日はオレンジ色の朝日ですと言っている
7時起床
昨日の午後菜園から収穫してきた大根を10本洗う
4本はマンションの親しくして頂いているHさんとIさんに持って行った

札幌の奥座敷定山渓に紅葉を観に行きました
黄葉の中高くなるに従い松の緑がアクセントになり
石鉱山の岩肌と相まって北海道らしい紅葉でした
豊平峡温泉まで足を延ばしましたが滞在時間20分
せわしないことでした
インドカレーのナンを食べたのはもう40年も前
此処の温泉でした
母さまと一緒に野趣あふれる露天風呂に浸かったこともある。

定期受診日の病院風景

血圧高め
不整脈聴診器あててる限りでは問題なし
不整脈治療薬とシップを出してもらう
昨日の
自家中毒の事は言わなかった
眠れないと言ったら薬が増えるから

2ケ月振りの待合室は雰囲気が変わっていた
寒くなったせいだろうかお年寄りの患者さんが多い
介護職員 ヘルパーさんに付き添われて来ている人が多い
未だ順番は来ないのかと何度も問う人がいる
お一人で来ていても院内で手続きを出来ないで右往左往している人がいる
何人もの案内さんというか誘導係りが配置されていたが
主張ばかりして係りの説明が理解できない人もいる
高齢化社会が冬を前に加速したようです
病院も金儲けだからと検査に不満な人
年金がだんだん少なくなってと嘆く人
もうみんなちじこまって笑顔がありません

ご夫婦が
薬局の待ち時間に仲良くポテトチップを食べ始めました
香ばしい香りが鼻をくすぐります

息子さんが車椅子を押しながら「オシッコは早く言ってよ間に合わないからね」とお母さんに耳元で話していました
「俺も間に合わないけど~」
お母さん94歳息子さん73歳だそうです
母さまと通院していたことを思い出しました。

自分の持病?

午前中は何事もなく過ごしたのに
午後1時30分ごろ
ア~ッ!来タ~ッ!又ナッタ~ッ!
胃も腸もシクシク
目から涙ではない露が零れ落ちる
冷や汗と吐き気が襲う
自家中毒
最近では周期性嘔吐症というようです
子供が成るのが通例で
成長とともに治まるらしい
大人になっても症状を引きずる人がいるという
自分の場合結婚を機に現れました
以後50年 症状は改善されていない
諸々のストレスが原因らしいが
成長がないということです

目の当たりにした息子
どうした?
持病だということを話した。

銀杏と紅葉

資源化ごみを捨てようとエントランスに出ると
ガラス越しの銀杏がまぶしかった
藻岩山を過ぎ231号線を行くと定山渓温泉
左右の紅葉は隠れた名所
母さまは一人でバスに乗って観てきたよと元気なころ言っていた

午後からH特養の家族役員会でした
福祉交流地区の街路樹は札幌では珍しいモミジが植えられていて
紅葉が見ごろでした
母さまが亡くなったことにより役員辞退を申し出ていました
が賛助会員に移行して今期は努めさせていただくことになりました
役員会は議題通りに活発に進行

終了するとお悔やみの言葉をいただき
「看取り」についての質問につぐ質問
Mさんは看取れて幸せ
夫の時とは違うと思って
義母なので何処まで言っていいのかと話される
皆悩み考えているのがうかがえた
その前にいろいろ段階があってね
医学と家族の思いも別物で
理性と情は別物で
本人と家族の希望と思いは最優先
何時引き返してもいいのだけれど
こうしたらいいとは言えない
家は家のやり方で送ったとしかいえない
それさえも
あの時は?と思ってしまう
5人と電話番号を交換した。

天罰?

母さまにコヒーを供えて「おはようございます」柏手合掌
おか~さん!と娘がやってきた
孫の部活でアレコレと身体もお金も大変だそうです
観葉植物 金魚 メダカの棚を移動していた自分
親のつとめと楽しみだから頑張りなさい
そういえばおば~ちゃんのお父さんのJ作頑固じいちゃんが
金のないのは首のないのも同じ
金は弥陀ほど光る
とよく言ったそうだよと
ヨイショ!!と花台.を持ちあげたら天板の角が
おでこにゴツン!
痛っ!!
娘 アハハ おばぁちゃんよく天罰って言ってたよね~
息子 あんた達少し静かにできないの。

買い物

台風の影響で朝から雨が16時まで降っていました
カスミソウとバラを買いました
バナナ みかん 和生も買いました
母さまが亡くなってから4回目の買い物です
母さまに食べてもらう楽しみがなくなってお店にも商品にも色が付いていないようにつまりません
夕食は頑張って「キンピラ〕と「炊き込みご飯」をお供えしました
小さな骨壺は胸に抱いてもコトリとも音はしなくなりました
両の手で包むと母さまの頬がよみがえります。

菜園の冬しまい

バスで菜園をかたずけに行きました
東急デパートの前で盲導犬のキャンペーンがありました
自分も目の不自由さが解るようになりました
募金をさせてもらって
盲導犬とピースとVサインで写真も撮ってもらいました
畑で弟と合流
藻岩山は10日の間に黄色く紅葉してました
ニンニクが発芽 5センチ伸びていました
大根直径6センチほど昨年よりはいいけれど?
モロッコ 春菊 万願寺 伏見しし唐 紫蘇の殻を堆肥場に運ぶ
白カブ10個 茶ブドウ 茗荷収穫
弟を残してチャッチャッと15時には帰宅しました
札幌駅でミスタードーナツを買って帰りました。

弟の気持ち

弟夫婦と特別養護老人ホームに伺った
「看取り介護」をしていただいた家族としての感謝の気持ちでした。
義妹の言うことにわ
お父さん葬儀の時も今日も
別人のように話せるんだね ビックリしたわ
声も低音で聞きやすいわ~
ホントホント同じです
煙草ばっかしふかして 家にいると寝てばっかりですものね~。

出かけるんですけど

日記はなかなかはかどりません

10月4日(土)
中学3年生娘孫M香の吹奏楽部定期公演
終わると受験勉強にまい進です
思ったより体調良く歩いて学校へ
ホルン奏者として3年朝練夕練と休みなく頑張りぬきました
顧問の先生からどこの中学のホルンにも引けを取らないと
お褒めの言葉を貰っていました 特に最近の成長は著しいとか
上手とかうまいでなく(同じこと?かな)バババカ結構
ババちゃんは嬉しかった~
マイクに向かっての挨拶も
皆と内容が重複しないこともの述べて感心した
ババちゃんは嬉し泣きしたよ!
さすが副部長さんだね
ババちゃんからのコメント
部長さんの挨拶はもちょっと感心したよ
と言ったら娘に叱られるな  ごめん!!

10月5日(日)
弟夫婦と息子と備品 衣類引き取り

10月6日(月)
母さまのホームからの所持品 衣類整理
50日祭までは在宅していた時の所定の場所に収めておこう
(使わない物は処分したら言われたが自分聞き入れない)

10月7日(火)
肺がんで現在は寛解
娘と検診に札幌に来ると言う
3人で食事をしようとお誘い受けノコノコ出かけた
子のつとめだからねと一人で両親を看取った同期生のG氏
一夜でお母さんを亡くした娘さん
どちらの前でもメソメソは出来ない
美味しいと言われているパンを娘さんに手渡し
家まで送ってくれた娘さんに庭のピーマンを8個採って差し上げた。

10月8日(水)
タンス引き取り
2週間ぶりにスパーへ
雲の間から夕日がさした
母さまは太陽になるんですよと言っていた
介護士さんがOさんはカルピスがお好きですと言っていたのを思い出し
缶カルピスを買った
秋味の魚卵があった
京都の妹を思い出し明日は無いかもと求めた
調理する気力なく10日が賞味期限だったので明日にした

帰宅した息子が
今日の月は何かあるか?
おばぁちゃんの亡くなった月でしょ
そうでなくてさ~
あ~  皆既日食だって 写真撮ろうか?
(夜 星バ~ジョンに設定してくれた 優しいな~)
夜空にイクラが1個映った
肉眼で見るとよく熟した南瓜の実の色です。

10月9日(木)
ディサービス KK
シヨ―トスティの保健施設Hにご挨拶に伺う
Oさんは私達にたくさんの事を教えてくださいました
何時までも忘れることは無いでしょうと
なじみの職員さんが自分を囲んで応接室に導いてくださいました
限界まで在宅で頑張ったとねぎらいの言葉をいただくが
家も改装して住みよいようにして最後まで一緒と決めていた
そんな折主治医病院で特養施設を開設
ここならと申込み 入居が決まった
平成16年から平成26年10月迄同じ医療法人で入院治療 リハビリーと情報も明らかに共有されていた
母さまはもとより自分も家族も恵まれていたと思う

やっとイクラのしょうゆ漬けをつくりました。

陽ざし金色に

昼ともなると低く強く金色の光が差し込みます

10月2日(木)
18時から終祭
親族 知人にお参りいただきました
通例なら親族でお通夜というところです
弟は冒険をしました
普通は終祭の時刻まえに来ていただいた方にお弁当で夕食をしていただき故人の思い出話をします
(飲み物 スナック 乾物 菓子は準備)
お参りいただい皆さま全員に留まって頂き
お祝い善のような食事をいただきながらお通夜をしました
特養ホームからも施設長はじめ10人がおわかれに来てくださいました
弟も自分もきつい勤務の中をと思いあり難く言葉も出ません
KさんもNさんもWさんもK氏もと伝言をお聞きし
只々頭を下げありがとうの言葉しかありません
話戻って
ホームの皆さんはお食事には手を付けずお帰りに成りました
斎場の係りの方が
あのお弁当はどうなさいますか?
あっ!その寿司を渡すんだ!と弟
包んでくださいと自分
早く早くと息子
その間に係りの方がダッシュ!!で階下へ
そんなドタバタもありました。

10月3日(金)
10時から告別式
火葬の儀
葬儀の義
涙雨が降りました
滞りなく終わらせていただきました
母さまとのお別れの時何度も何度もおか~さんと両の手で頬を包みました
母さまとの6日間は両の手で頬を包み うんうんとうなずいて過ごしました
これで本当にお別れだと思うと
解っていても泣けて泣けて
これからはシッカリしなくてはとも思いました

母さまは弟の家で祭壇に祭られました
新霊拝詞を唱え
弟は
神主さんと10日祭30日祭の50日祭の打ち合わせをしました
さて帰ろうと言うとき
S二 出来れば少しの間小さいお骨を預からせてもらえないかな
いいよ 分骨してもいいよ
それはいいの 宗教も違うから 17年一緒に暮らしたからできたらと思って
  神主さんと相談してもらえる?
神主さんがそれはお母様にとってもいいことです かまいませんとお教えくださり
50日祭まで自分の家に帰ることになりました

22時息子の車で帰宅
母さまは自分の胸の小さい骨壺の中でコトコトと言ってました
母さまと食事した円テーブルで祭壇をつくり
お骨を安置して写真を飾りお花 好物を供え終わると0時でした
おか~さん わたしね 失業しちゃったよ  10年早いよと語りかけました
骨壺を頬のように両の手で包むとコトリと言いました
息子に50日の間夜も電気つけておきたいと話すと
好きにしたら好いと言ってくれました
娘からはひっきりなしに体は大丈夫かとメールが入ります

25日以来 薬と食事はシッカリとっているので
ろくに寝ていませんが自分でも驚くほど元気です。



紫いろの朝日

今日こそは紫色の朝日を見ようと張り切っていたのに
早朝のラジオは朝日には触れませんでした
台風到来で朝日はパス
風がビュンビュンで桃の葉も梅の葉もちぎれそうです
昨日もその前日も紫色の朝日だったそうです
身体が痛くて起き上がれなかった
一気に書くと始めた日記も30日でダウン!
明日があるとは思うなハッピーみっこ(喝!)

10月1日(水)
主治医の診断を受けた
ひっきりなしに介護士さん看護士さんがお別れに来てくださった
6日の間 出勤の時お昼休みの時退社の時 に励ましと
母さまへの敬意を親しく表してくださいました
同じユニットのHさんが母の手を取り
なんといういう綺麗な良いお顔でしょう 生きている時の行いが亡くなった時に現れるのですよと泣きながら仰った
母より1歳お姉さんの93歳 あり難く素直に言葉をいただいた

清拭をしてしていただき臼化粧をして
ひそかに持ち込んでいたお気に入りの着物を羽織って
1階のフロアーに降りた
大勢の職員さん入居者さんに送られて特養施設を後にした
外食をしたCさん畑を見に行こうと約束したSさんほとんどお話ししたことの無いNさん
皆さん泣いて送ってくださいました
自分はここで泣いたら母に悪い様でむしろ笑顔でお礼の言葉を発していたと思います

私の出番はここまで
後は弟夫婦に任せることにしました
帰宅を思い狭いマンションを片ずけてはいたのですが
思い起こせば入居して16ケ月半
此処が母さまの家でした
使い込まれた古い家具にかこまれ  新年も母の日もここで家族で祝って
歴代の(88歳からの)92歳寿おめでとうの孫が作った垂れ幕も
平成の掛け軸もマンションの母の部屋そのままに
最期の6日間は家族 近い親戚が集いさながら宴会のようでした

連日なのでさすが気が引けて ちょっとー静かに!t何度言ったことか
他の個室には聞こえてないから大じょーぶですよと介護士さん
盛り上がっていますね~
日がたつにつれ神妙に入って来られていた介護士さんも笑顔になっていった

藻岩は母さまの35年住んだ地
藻岩山に抱かれたような斎場は菜園からも近い
ミュンヘン大橋を渡り切るとと小公園
桜 銀杏 紅葉が紅葉の始まりだった
おか~さん 見てる~と話しかけた
亡父も同じ斎場だった
暮れも押し迫った12月23日だった

弟2人と自分東京から深夜駆けつけたU史が斎場に泊まった
近い親族や親しい人達が駆けつけてくれた
人の繋がりと絆を思った
義妹のN子さんが実父介護の為帰宅する時に
U史にUがM家の跡取りなんだからちゃんとお父さんのすることを見ておきなさいと言い置いて帰った
頼もしく思った
故郷から神主さんがおこしくださいりお参りをしてくださった。
葬儀式の打ち合わせを終え遅く高速道で帰られた。

母さまの10日祭でした

母さまは10月1日
62歳と64歳の息子70歳の娘に看取られて亡くなりました
童女のように微笑んで 静かに生き切ったたりっぱな最期でした
今朝は朝から雨が降っていました
母さまの好物 大福 バナナ 林檎等をお供えして10日祭を執り行い
母さまの道行きをお祈りいたしました。

9月25日
ピンクの室内履きを買って行こう
今日は早く行こう  と
9時30分電話が鳴って母さま急変
落ち着いてきてくださいと看護師さんからの電話
二人の弟夫婦 娘に連絡

介護職員さん 看護師さんがひっきりなしに
母さまに励ましと(お別れ)に訪れてくれる
母さま弱い呼吸の中健気に答えている
母さまにはいつも接してくださるもう一つの家族なのだと感じた
(訪ねると余命数時間という 他ごとのように観念した自分だったようだ)

おか~さん M子だよ 此処にいるよ 一緒だよ と手をとり続けた
夕刻晩ご飯 一緒に食べようねと言うと
晩は寝ますとハッキリ言った
回復の兆し?
Sだよ おか~さんの息子だよ
あら~大きく口を開けます
Kだよ おか~さんの息子だよ
あら~大きく口をあけました
義妹や孫 曾孫が手をとって自己紹介すると
ほ~ ほ~と納得の笑みで受け入れた
(後日 弟とあの時から認知症では無くなったと話した)

9月26日
 AM3時
Oさん 子供だよ~と声掛けするとあら~ と親愛の笑み
そして眠りについた  自分もベットで寝た
AM8時
トロミの経口栄養を100
15時
経口栄養をスプーン3口
要らない のしぐさ
下唇に載せて誘導しても唇を動かさない
無理して舌に載せようとすると数度蒸せた
もう食事は止そうと
考えて考えて母さまの顔を見て手をとって決めた
(後に気が付いた
介護 看護師さんは食べることへの家族のこだわりと思いを尊重してくれたのだと)

夕刻
弟 娘夫婦 孫6人が面会に来た
皆が病気(認知症)治った?と聞く
夜は長い
一緒に居るからねと声かけながら
母さまの室内履きを洗い
脛から下を清拭 クリームを塗って マッサージ 靴下交換
介護師さんは
1時間おきに体交
何かあったら呼んでくださいと心強い

9月27日
AM7時20分
母さまにおはようとあいさつ
タオルで顔手を拭く
目ヤニを取ろうとするとイヤイヤをする

朝食までの間携帯にさわっていると
突然 O、Nですと起き上ろとした
M、Kですと覗き込んで言うと
嬉しいです  有難うと手を差し伸べた

母はこの世で受けた怒哀を無くし
喜楽の思いと感謝を持って元に戻るのだと母さまをまぶしく見た

今はその時
母さまが愛おしくて
母と1日中手を取り合い頬寄せて
母さまの美しい笑顔を見て
自分に甘える 無邪気な母さま
両の手で母さまの頬を何度も包み込む

今日は全身の清拭
足の巻き爪切り


9月28日
夕食より食事全く受け付けない
(弟に食事の中止を伝える 小さく解ったと答えた)
酸素供給量が76 脈拍108
入念な口腔ケアをしてもらい
以後口腔内を乾かさないよう
唇が荒れないよう
目ヤニがとどこらないよう万全を尽くそうと思う
寂しくさせないよう一緒だよと添うだけの自分
夕刻弟とH香がおば~ちゃんにはちみつ入りのリップクリームを買ってきた来た

訪れる看護師さんがOさんは頑張ってますね 立派ですねと仰いました
自分にも体力勝負ですから休んでくださいと言う
足の清拭 
手足が冷たいマッサージをつずけるとわずかに温かみを感ずるようになる
1度パジャマに着替えたがやはり服を着た
左腰辺に手をやるので痛いのかと
エア~マットと体の間に手を差し込みなぞる
こうすると体が楽になると介護士さんが教えてくれた
左側臥位にして
首下に手を差し込み母さまを抱いた
石狩川知ってる~?
知ってるという表情
ありがとうと嬉しそうに言った
「ふる里」 と小さいころ家族で手を丸めて遊んだ
ズイズイズッコロバシゴマミソズィと一晩中歌った
母さまの身体をポンポンと叩いて一晩中歌った
母さまはもう手をまあるくは出来なかった
自分は一晩中泣いて歌って 歌って泣いて
母さまは故郷を思いだしてくれたと思いたい

9月29日
AM10時30分
経口栄養剤 バナナのみの食事が出された
介護士さん 看護師さんに相談伺い決定する
AM11時45分
おか~さん M子だよと言うと
うんうんとうなずく
水分は口を湿らすのみ
しずく程でも咳き込む
弟二人が泊まることにするから家で休んでと言われたが
近いことを感じ3人で付き添う

母さまは空に上げた手を何時もの癖のように頬に寄せるでも
右耳の後ろを掻くでもなく
パタッ!と力尽きるようになった
その手をそっと受け止めて
おか~さん一緒だよと3人で声掛けつずけた

母さまが起き上がりたいとの仕草
ベットを立てカメラ目線でVサイン
子と孫と曾孫と記念撮影をした
信じられない気力でした

9月30日
無呼吸が始まった
先日の写真をA4判に焼いて母さまに手渡しした
無呼吸の時間がだんだん長くなった
呼吸が始る時苦しいのだろうか手を上げたが
苦しい表情はしない
(どうだったのだろうと母さまを案じている)
パッチリと目を開いた
仮眠している弟二人を呼んだ
ふたりは
お袋!!
おかあさん!!とそれぞれに呼びかけた
母さまは体の弱い下の弟を案じて目やったように思えた
涙している弟に変わって
そっと瞼に手をおいた
無呼吸から27分後
母さまは10月1日3時40分静かに強く生き切って永眠いたしました
博多人形の童女のように可愛い顔でした。






プロフィール

ハッピーみっこ

Author:ハッピーみっこ
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